貴公子たちの妻問い(三)

【貴公子たちの妻問い】 

 
(三)
 日暮るるほど、例の集まりぬ。あるいは笛を吹き、あるいは歌をうたひ、あるいは唱歌(しゃうが)をし、あるいはうそぶき、扇を鳴らしなどするに、翁、出でていはく、かたじけなく、きたなげなる所に、年月を経てものし給ふこと、極まりたるかしこまり、と申す。翁の命、今日明日とも知らぬを、かくのたまふ君達にも、よく思ひ定めて仕うまつれ、と申すもことわりなり、いづれも、劣り優りおはしまさねば、御心ざしのほどは見ゆべし、仕うまつらむことは、それになむ定むべき、と言へば、これ、よきことなり、人の御恨みもあるまじ、と言ふ。五人の人々も、よきことなり、と言へば、翁、入りて言ふ。
 
 かぐや姫、石作の皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり、それを取りて賜べ、と言ふ。庫持(くらもち)の皇子には、東の海に蓬莱といふ山あるなり、それに白銀を根とし黄金を茎とし白き珠を実として立てる木あり、それ一枝、折りて賜はらむ、と言ふ。いま一人には、唐土(もろこし)にある火鼠(ひねずみ)の皮衣を賜へ、大伴の大納言には、龍(たつ)の頸に五色に光る珠あり、それを取りて賜へ、石上の中納言には、燕(つばくらめ)の持たる子安の貝、一つ取りて賜へ、と言ふ。
 
 翁、難きことにこそあんなれ、この国にある物にもあらず、かく難しきことをば、いかに申さむ、と言ふ。かぐや姫、なにか難しからむ、と言へば、翁、とまれかくまれ、申さむ、とて、出でて、かくなむ、聞こゆるやうに見せ給へ、と言へば、皇子たち、上達部、聞きて、おいらかに、あたりよりだにな歩きそ、とやのたまはぬ、と言ひて、倦(う)んじて、みな帰りぬ。
 
(現代語訳)
 
 日が暮れるころ、例のごとく五人の貴公子たちが集まった。ある人は笛を吹き、ある人は歌をうたい、ある人は唱歌をし、ある人は口笛を吹き、扇を鳴らして拍子をとったりなどしていると、翁が出てきて言うことには、「もったいなくもむさ苦しい住まいに、長い間お通いなさること、この上なく恐縮に存じます」と申し上げる。「姫に『この爺の命は今日明日とも知れないのだから、これほどにおっしゃる君達に、よく考えを決めてお仕え申し上げなさい』と申すのも道理だというものでありました。そこで姫が、『どなたが劣っている優れているということはおありにならないので、私の見たいと思っているものをお見せくださることで、お心ざしはわかるはずです。お仕えするのは、それによって決めましょう』と言うので、『それはよい考えです。そうすればお恨みも残らないでしょう』と申しました」と言う。五人の貴公子たちも、「それはよいことだ」と言うので、翁が入ってかぐや姫にそのことを言う。
 
 かぐや姫は、「石作の皇子には、仏の尊い石の鉢という物がありますので、それを取ってきて私に下さい」と言う。「庫持の皇子には、東の海に蓬莱という山があり、そこに銀を根とし金を茎とし真珠を実とする木が立っているといいます。それを一枝、折ってきて頂きましょう」と言う。「もう一人の方には、唐にある火鼠の皮衣を下さいますよう。大伴の大納言には、龍の頸に五色に光る珠がありますから、それを取ってきて下さい。石上の中納言には、燕の持っている子安貝を一つ取ってきて下さい」と言う。
 
 翁は、「できそうもないことばかりですね。この国にある物でもありません。そのような難しいことを、どのように申し上げましょうか」と言う。かぐや姫が、「どうして難しいことがありましょうか」と言うので、翁は、「ともかくも、申し上げてきましょう」と言い、出て行って、「これこれこのような次第です。申します通りにお見せください」と言うと、皇子たちや上達部はそれを聞いて、「おだやかに『近くを通ることさえしないでください』とでもおっしゃらないものだろうか」と言いながら、うんざりして、みな帰ってしまった。
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