【香炉峰の雪】 ~第二百九十九段

 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などして集りさぶらふに、「小納言よ、香炉峰(かうろほう)の雪いかならむ」と仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾(みす)を高くあげたれば、笑はせ給ふ。

 
 人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」といふ。
  
(現代語訳)
 
 雪がとても高く降り積もったのに、いつも違い御格子を下ろして、角火鉢に火をおこして、よもやま話などして伺候していると、中宮様が「少納言よ、香炉峰の雪はどうであろう」と仰ったので、御格子を上げさせて、御簾を高く上げてごらんに入れたところ、中宮様はお笑いになられた。  他の女房たちも、「そういうことは私たちも知っているし、歌などにも歌うけれど、全然思いつきませんでした。あなたはやはり中宮様にはふさわしい人です」と言った。(注)香炉峰の雪いかならむ・・・漢詩の『白氏文集』の「香炉峰下に新に山居を卜(ぼく)し、草堂初めて成る。たまたま東壁に題す」の詩にある「遣愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き、香炉峰の雪は簾(すだれ)をかかげて看る」の詩句を活用したもの。
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