破戒4-2

        (二)

 
『省吾や。お前(めへ)はまあ幾歳(いくつ)に成つたら御手伝ひする積りだよ。』と言ふ細君の声は手に取るやうに聞えた。省吾は継母を懼(おそ)れるといふ様子して、おづ/\と其前に立つたのである。
『考へて見な、もう十五ぢやねえか。』と怒を含んだ細君の声は復た聞えた。『今日は音さんまで御頼申(おたのまう)して、斯うして塵埃(ほこり)だらけに成つて働(かま)けて居るのに、それがお前の目には見えねえかよ。母さんが言はねえだつて、さつさと学校から帰つて来て、直に御手伝ひするのが当然(あたりまへ)だ。高等四年にも成つて、未(ま)だ螽捕(いなごと)りに夢中に成つてるなんて、其様(そん)なものが何処にある――与太坊主め。』
 見れば細君は稲扱(いねこ)く手を休めた。音作の女房も振返つて、気の毒さうに省吾の顔を眺め乍ら、前掛を〆直(しめなほ)したり、身体の塵埃(ほこり)を掃つたりして、軈(やが)て顔に流れる膏汗(あぶらあせ)を拭いた。莚(むしろ)の上の籾は黄な山を成して居る。音作も亦た槌の長柄に身を支へて、うんと働いた腰を延ばして、濃く青い空気を呼吸した。
『これ、お作や。』と細君の児を叱る声が起つた。『どうして其様(そん)な悪戯(いたづら)するんだい。女の児は女の児らしくするもんだぞ。真個(ほんと)に、どいつもこいつも碌なものはありやあしねえ。自分の子ながら愛想(あいそ)が尽きた。見ろ、まあ、進を。お前達二人より余程(よつぽど)御手伝ひする。』
『あれ、進だつて遊(あす)んで居やすよ。』といふのは省吾の声。
『なに、遊んでる?』と細君はすこし声を震はせて、『遊んでるものか。先刻(さつき)から御子守をして居やす。其様(そん)なお前のやうな役に立たずぢやねえよ。ちよツ、何ぞと言ふと、直に口答へだ。父さんが過多(めた)甘やかすもんだから、母さんの言ふことなぞ少許(ちつと)も聞きやしねえ。真個(ほんと)に図太(づな)い口の利きやうを為る。だから省吾は嫌ひさ。すこし是方(こちら)が遠慮して居れば、何処迄いゝ気に成るか知れやしねえ。あゝ必定(きつと)また蓮華寺へ寄つて、姉さんに何か言付けて来たんだらう。それで斯様(こんな)に遅くなつたんだらう。内証で隠れて行つて見ろ――酷いぞ。』
『奥様。』と音作は見兼ねたらしい。『何卒(どうか)まあ、今日(こんち)のところは、私(わし)に免じて許して下さるやうに。ない(なあと同じ農夫の言葉)、省吾さん、貴方(あんた)もそれぢやいけやせん。母さんの言ふことを聞かねえやうなものなら、私だつて提棒(さげぼう)(仲裁)に出るのはもう御免だから。』
 音作の女房も省吾の側へ寄つて、軽く背を叩(たゝ)いて私語(さゝや)いた。軈て女房は其手に槌の長柄を握らせて、『さあ、御手伝ひしやすよ。』と亭主の方へ連れて行つた。『どれ、始めずか(始めようか)。』と音作は省吾を相手にし、槌を振つて籾を打ち始めた。『ふむ、よう。』の掛声も起る。細君も、音作の女房も、復た仕事に取懸つた。
 図(はか)らず丑松は敬之進の家族を見たのである。彼(あ)の可憐な少年も、お志保も、細君の真実(ほんたう)の子では無いといふことが解つた。夫の貧を養ふといふ心から、斯うして細君が労苦して居るといふことも解つた。五人の子の重荷と、不幸な夫の境遇とは、細君の心を怒り易く感じ易くさせたといふことも解つた。斯う解つて見ると、猶々(なほ/\)丑松は敬之進を憐むといふ心を起したのである。
 今はすこし勇気を回復した。明(あきらか)に見、明に考へることが出来るやうに成つた。眼前(めのまへ)に展(ひろが)る郊外の景色を眺めると、種々(さま/″\)の追憶(おもひで)は丑松の胸の中を往つたり来たりする。丁度斯うして、田圃(たんぼ)の側(わき)に寝そべり乍ら、収穫(とりいれ)の光景(さま)を眺めた彼(あ)の無邪気な少年の時代を憶出(おもひだ)した。烏帽子(ゑぼし)一帯の山脈の傾斜を憶出した。其傾斜に連なる田畠と石垣とを憶出した。茅萱(ちがや)、野菊、其他種々な雑草が霜葉を垂れる畦道(あぜみち)を憶出した。秋風が田の面を渡つて黄な波を揚げる頃は、螽(いなご)を捕つたり、野鼠を追出したりして、夜はまた炉辺(ろばた)で狐と狢(むじな)が人を化かした話、山家で言ひはやす幽霊の伝説、放縦(ほしいまゝ)な農夫の男女(をとこをんな)の物語なぞを聞いて、余念もなく笑ひ興じたことを憶出(おもひだ)した。あゝ、穢多の子といふ辛い自覚の味を知らなかつた頃――思へば一昔――其頃と今とは全く世を隔てたかの心地がする。丑松はまた、あの長野の師範校で勉強した時代のことを憶出した。未だ世の中を知らなかつたところからして、疑ひもせず、疑はれもせず、他(ひと)と自分とを同じやうに考へて、笑つたり騒いだりしたことを憶出した。あの寄宿舎の楽しい窓を憶出した。舎監の赤い髭を憶出した。食堂の麦飯の香(にほひ)を憶出した。よく阿弥陀(あみだ)の(くじ)に当つて、買ひに行つた門前の菓子屋の婆さんの顔を憶出した。夜の休息(やすみ)を知らせる鐘が鳴り渡つて、軈(やが)て見廻りに来る舎監の靴の音が遠く廊下に響くといふ頃は、沈まりかへつて居た朋輩が復(ま)た起出して、暗い寝室の内で雑談に耽つたことを憶出した。終(しまひ)には往生寺の山の上に登つて、苅萱(かるかや)の墓の畔(ほとり)に立ち乍ら、大(おほき)な声を出して呼び叫んだ時代のことを憶出して見ると――実に一生の光景(ありさま)は変りはてた。楽しい過去の追憶(おもひで)は今の悲傷(かなしみ)を二重にして感じさせる。『あゝ、あゝ、奈何(どう)して俺は斯様(こんな)に猜疑深(うたがひぶか)くなつたらう。』斯う天を仰いで歎息した。急に、意外なところに起る綿のやうな雲を見つけて、しばらく丑松はそれを眺め乍ら考へて居たが、思はず知らず疲労(つかれ)が出て、『藁によ』に倚凭(よりかゝ)つたまゝ寝て了つた。
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