空飛ぶトランク

 むかしむかし、あるところに、大金持ちの商人がいました。

 この商人は町の全部の道を銀貨でしきつめる事が出来るくらい、たくさんのお金を持っていました。
 けれども商人は無駄遣いはせず、上手にお金をためていました。
 ところがある時、この商人が死んで、一人息子が財産をそっくりもらう事になりました。
 この息子はお父さんと違って、無駄遣いをするのが大好きです。
 毎晩、きれいな衣装を着て舞踏会(ぶとうかい)へ行ったり、紙のお金で作ったたこでたこ上げをしたり、金貨を池に投げ込んで遊んだりしていました。
 これでは、いくらお金があっても足りません。
 とうとう息子は、すっかり貧乏(びんぼう)になってしまいました。
 今では着る物も古い寝間着だけで、足にはスリッパです。
 お金がなくなると、友だちは誰も相手にしてくれません。
 けれど、たった一人だけ、
「荷物でも、入れたまえ」
と、古いトランクをくれた友だちがいました。
「何て、親切な奴だろう」
 息子は喜びましたが、今ではトランクの中に入れる荷物など一つもありません。
「よし、荷物がないなら、ぼくが入ってやろう」
 息子はふざけて、トランクの中に入りました。
 そしてカギのところを押してみますと、トランクが突然空へと飛び上がったのです。
「うわっ、これは魔法のトランクだったんだ!」
 息子は、ビックリです。
 トランクはどんどん飛んで飛んでトルコの国までやって来ると、やっと下におりました。
 息子は森の中の枯葉の下にトランクを隠すと、町の方へ行ってみました。
 息子の格好は寝間着にスリッパのままでしたが、誰も変に思いませんでした。
「よかった。この国ではみんな、この寝間着の様な長い服を着ているんだな」
 息子が安心して町を歩いていると、変な形のお城が見えてきました。
 窓が屋根の近くにしか、ついていないお城なのです。
 息子が通りかかった女の人に聞いてみますと、女の人はこう教えてくれました。
「ああ、あれね。
 実はあそこに、可愛そうなお姫さまがいるのよ。
 お姫さまは好きな人のために不幸になるという、占い師のお告げがあってね。
 王さまはお姫さまが誰も好きにならない様に、あんなところに閉じ込めたのよ」
 息子はその話を聞くと、すぐ森に引き返しました。
 そしてトランクを出すと、また空を飛んでお城のお姫さまの部屋まで行ってみました。
 お姫さまはとてもきれいで、息子はたちまち好きになってしまいました。
「ぼくは、トルコの神さまです。空を飛んで、ここに来ました」
 息子が言うと、お姫さまはとても喜びました。
 何しろ、お告げにあったのは人を好きになった時で、神さまなら好きになっても大丈夫だからです。
 息子とお姫さまはすっかり仲良くなって、結婚の約束をしました。
「でもその前に、わたしのお父さまとお母さまに、とてもおもしろいお話をしてあげてください。そうしたら二人とも、あなたの事が気に入るでしょうから」
 お姫さまはそう言うと、息子に金貨のちりばめてある刀をくれました。
 
 息子は森に帰ると、刀の金貨で立派な服を買いました。
 息子がまたお城に行くと、王さまも、お后さまも、大臣も、国中の偉い人たちがみんな集まっていました。
「では、これからマッチの物語をします」
 息子は台所に置かれたマッチの自慢話や、おなべやお皿やほうきやカゴの話をしました。
 そして話の最後に、マッチを小さな花火の様に燃やして終わりました。
「これは、おもしろい。いい話だった」
 王さまも、お后さまも、息子の話がとても気に入りました。
 もちろん、息子も気に入られました。
 さあ、次は結婚式です。
 結婚式の前の晩は、町中がお祭り騒ぎでした。
 お城から、おいしいパンやビスケットが町の人たちに配られました。
 子どもたちは喜んで、口笛を吹きました。
 それを見た息子は、ジッとしてはいられません。
 そこでたくさんの花火を買ってくると、それをトランクに入れて空高く飛び上がりました。
 シュー、パパン、パン、パン!
 花火がいくつも空ではじけるのを見て、町の人たちはビックリして言いました。
「やっぱり、お姫さまのお婿さんは神さまだ」
 息子はトランクからおりて、また森の中に隠すと、町の人々のうわさを聞きに行きました。
 するとみんなは、息子の事を、
「神さまは、星の様な目をしていた」
「神さまは、火のマントを着て飛んでいた」
「とにかく、最高に素晴らしかったよ」
と、言うのでした。
 息子は、ニッコリしながら森に帰りました。
 ところが、大変な事が起こっていました。
 何と花火の火の粉が燃え上がって、トランクをすっかり燃やしてしまったのです。
 これではもう、お姫さまのところへ飛んで行く事が出来ません。
 可愛そうに、お姫さまはいつまでも息子を待ち続けました。
 そして今でも、待ち続けているのです。
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