ヒナギク

 ここは、あるいなかの別荘です。

 家の前には、色あざやかな花ばなが咲く花だんがあり、その回りには芝生(しばふ)がしきつめられていました。
 その芝生にはひっそりと、一本のヒナギクが咲いています。
「ああ、わたしはなんてしあわせなんでしょう」
 ヒナギクはお日さまをからだいっぱいに浴びて、いいかおりを運んでくる風を吸い込んでは、ウットリとヒバリのさえずりに耳をかたむけていました。
「でも」
 ヒナギクはふと、思いました。
「ヒバリはきっと、あの美しい鳴き声を、花だんの花たちに聞かせようとしているんだわ。こんなところに咲いているわたしではなく」
 ところがおどろいたことに、ヒバリは花だんに咲きほこるバラやチューリップには目もくれず、いきなりヒナギクのそばに舞いおりてきたのです。
「なんてかわいい花なんだろう、きみは」
 ヒナギクは、夢ではないかと思いました。
 ヒバリはヒナギクにキスをすると、また青空へ舞いあがっていきました。
 花だんの花たちはそのようすを、いまいましそうにながめていました。
 さて、つぎの朝のことです。
 ヒナギクが、いつものように花びらをお日さまにさしのべたとき、ヒバリの歌声を耳にしました。
 けれど、その声はきのうと違って、とても悲しげでした。
 ヒバリは人間につかまって、カゴの中にとじこめられてしまったのです。
 ヒナギクはどうにかして、ヒバリを救い出してあげたいと思いました。
 でも、1本の草にはどうすることもできません。
 そのとき、男の子が二人、家から出てきました。
「ここの芝を切りとって、ヒバリのカゴにしいてやろうよ」
 男の子たちはそういうなり、ヒナギクもろとも、回りの芝をほりおこすと、家の中ヘ持ちこんでいきました。
 こうしてヒナギクは、あこがれのヒバリとおなじカゴに入ることができましたが、カゴの中には水がなくて、ヒバリは今にも死にそうでした。
「かわいそうなヒナギク。きみは広びろした世界の身がわりに、こんな所に植えかえられて。でも、ぼくの心はそんなことではなぐさめられないのさ」
 まもなくヒバリが死んでしまうと、人間たちは涙を流し悲しがり、赤い箱に死体を入れて、花びらで回りをかざって土の中にうめました。
 ヒバリのことをだれよりも思いやっていたヒナギクは、一しずくの水もやらなかった人間が、死んだあとで悲しむようすを見て、とても腹が立ちましたが、そのヒナギクも、まもなく道ばたのゴミにされてしまいました。
 それから、だれひとりヒナギクのことを思い出す者はありませんでした。
 
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