蝶蝶と娘

お母さん 今日ね

蝶蝶が 可哀想だったの
今日の夕方のことだよ
わたし ずうっと見てた
 
ようやくね やっとね
羽化し始めた蝶々がいたんだよ
そこだよ そこそこ
パセリの植えてある そこの塀のところ
 
ゆっくりとね 大きな息をしながら
蝶蝶の羽根が開いてきたんだよ
羽根が乾いたら ほら
蝶蝶って 初めて 蝶蝶になるでしょう
 
綺麗だった 夢みたいだった
だって 私 初めて見たんだもの
だけどね だけどね
雨が降ってきて 急に降ってきて
 
天気予報で 雨が降るなんて言ってた?
蝶蝶だって知らなかったと思うよ 雨のこと
羽根が乾かなくて 乾くことができなくて
蝶蝶が 蝶蝶で なくなっちゃった
 
蝶蝶は パセリの葉っぱの上に落ちた
そのまんま 土の上に落っこちた
蟻が来た 沢山来たよ 茶色の大きな蟻
そわそわとやたらに あちこち動き回ってた
 
揚羽蝶だった 黒い羽根がきらきら光ってた
暑い夏の日 子供の日 夏休みの嬉しい日
お兄ちゃんと一緒にプール遊びしたよね
水の上を 私達の周りを
くるくる舞ってた あの時の黒揚羽に似てた
 
短い 短い 短い「黒揚羽物語」だよね
そう言って そう言いながら
ほろほろと ほろほろと 娘は 泣いた
娘は 二十歳
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