「負ぁけて嬉しい花いちもんめ」 

 ケーキ屋「Keiママ」を営みながら、区のセンターで子供たちにケーキ作りを指導していた。四月に子供たちと約束したことがある。あまりに太ってしまった自分の体重を七十キロ以下に減らすという約束だった。

 体重計を持参して子供たちの前で乗って見せた。なんと、針は七十九キロを指した。
「ワァーすごい!」
 子供たちの歓声の嵐。うちのお母さんは四十二キロだよ。うちは五十キロだ、それぞれの母親の体重を暴露しながら大騒ぎである。突っ込み屋のリナちゃんが大声で、
「もし、ケイママが痩せなかったらば」
「そうね……、約束を破ることになったら、罰として御馳走でもしましょうかね」
「ほんとに、みんなで何人だ」
「ABCクラス合わせて、五十四人かな」
「一人いくらかかるの」
「う~ん、予算は三千円以内ね」
 六年生の子は紙に計算している。一年生はそばに寄ってみている。
「一万六千二百円だ」
「え、一人三千円よ。十人でいくら」
「三万。ええ!、十六万二千円も……」
 まるで、決定したかのような喜びようで、どこのレストランだろうかなどと話し合っている。
 
 食欲の秋も過ぎて、計量の十二月がやってきた。夏物のTシャツに薄手のスパッツ、エプロンは軽くて小ぶりのものを着けた。十五人ほどの子供たちが体重計の回りをグルリと取り囲む。床に両手をついて体重計に顔をくっつけんばかりにしてのぞき込んでいたユキちゃんが、
「やったぁ!、ケイママの負けだ」
 デジタル数字は七十一。すかさず跳び上がったり、手を取り合ったりして大騒ぎだ。
「どこのレストランで御馳走してくれるの、早く教えてよ」
 腕にぶら下がったり、エプロンの裾をひっぱったりして急き立てる。
「さあ……、どこにしようかなぁ……」
 考える風を装って見せたが、とうに決めていた。錦糸町のマリオット東武ホテルでの昼食会である。
 ホテル正面ロビーに入ると、子供たちが手に手に花束を持って走り寄ってくる。
「わぁー、こんなに花束いただくの初めて、芸能人になった気分よ」
「ケイママのスカート姿、初めて見たよ」
「今日は痩せて見えるね」
「あれ、口紅付けてる、いつも付けたほうがいいよ、きれいに見えるもん」
 それぞれ言いたい放題なのに、いつもと違い小声で話しかけてくる。子供たちもお出かけ用の洋服が似合ってとても可愛い。この時ばかりは、ケイママも気取って、
「みなさん、レストランに入りましょう」
 花束の香りに包まれながら、皆でレストランに入った。
 子供たちとの約束だから、八キロも減量できた。負ぁけて嬉しい花いちもんめ、ふっと口ずさんでいた。
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