「ホトケノザ」

 八月、静かな昼下り、涼しくした居間の棚に、ホトケノザの写真が立てかけてある。

 二十五センチと三十センチの大きな写真の真中に、ホトケノザの頭頂がアップで写っている。細い花首を伸ばした花が四輪開き、長いのは十センチ余りある。バックが黒っぽいので、優しいピンク色の花が鮮やかに浮きだしてみえる。右側の二輪は、ペロリと舌を出したようで、殊に右端の花の表情がおどけてみえる。何時見ても微笑みを誘う写真である。
 この写真は、春の山草展で投票したのが、当選して送られたものである。
 野草の好きな私は、山草展の初日に一番街の会場に出掛けた。もう花好きの人々が、好みの苗を手に賑わっていた。私は丁字草の苗を探したが見当らなかった。一画に、普通の野山ではなかなかお目に掛かれない野草の寄せ植えがあり、名前に反して、福々しいヤブレガサの大きな株があった。丹精された鉢物も沢山並べられ、ゆっくりと眺めていった。
 壁に「街角の植物園」として写真部の方々の作品が展示してあり、投票して当選すると頂けるようになっていた。一通り眺めようと回っていると、ふっとお花が会釈したように思え、足を止めたのがホトケノザの花だった。殊に右側の二輪をかわいいと思い、躊躇することなく投票した。
 楽しい山草展に私は毎日出掛け、少なくなる苗を眺めたり、ホトケノザの花にも会っていた。四十数枚の写真に、沢山の投票数だったので、駄目だなと思い、終わりの頃にもう一枚、オオイヌノフグリにも応募した。
 後日、ピンポンで郵便さんから、郵便受けに入らないからと大きな封筒を手渡された。Kさん、知らない方からであった。厚紙の間からホトケノザの写真が出てきた。当選しているのだ。久し振りの再会が嬉しく、御縁があったんだと花に会釈を返した。お若そうなKさんにも、喜びを伝えた。
 目の前のホトケノザは、開花した花の根元にある数枚の台座の葉の先端に、紅がぽっちゃり、真中に次に咲く蕾がある。生まれたばかりのは小さくて丸く、濃い紅色の産毛に包まれ、花首を伸ばしかけの蕾は、濃いピンクの産毛がピンピンと立って、いが栗頭を思わせる。どのように展開して、おどけた花の顔になるのか想像してみるが、写真は生き生きとしているだけで、ポーズは変えてくれない。
 実は私は、ホトケノザを、図鑑で知識としては知っているが、実物をまだ知らない。野に咲く花のもつ繊細な巧みを、余すことなく画面に写し出したKさんの、するどい眼に感心した。そして私は花への想いを膨らませた。
 最近早島に住む友達のFさんが、近くにホトケノザの群生があると知らせてくれた。花時には訪れて、現物の花の中でこの巧みを見たいと思う。私は夕食の買物のために席を立ち、右端のお気に入りの花の頭をそっと撫でた。
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