千亀女(せんかめじょ)

 むかしむかし、向川原(むこうがわら)というところに、千亀女(せんかめじょ)という名の美人がいました。

 町を歩くと、千亀女の方を振り返らない者はいないくらいの美人です。
 母は千亀女が何よりの自慢で、日に一度は、用もないのに千亀女を連れて町をひと回りするのです。
「千亀女は、志布志(しぶし)一の美人じゃ」
と、もてはやされる日が何年も続きました。
 さて、ある年のこと、宝満寺(ほうまんじ)という寺に観音さまが迎え入れられました。
 なんでも、東大寺の仁王像を造ったことで有名な、運慶(うんけい)の作ということで、とても美しい観音さまです。
 志布志の町は、その観音さまの評判で持ちきりになりました。
「観音さまとはいえ、これは、ほうってはおけぬわ」
 対抗心を燃やした母は、千亀女に念入りに化粧をさせて観音さまを拝みに行きました。
 その帰り道、二人は山門の所で一休みするふりをしながら、人々の噂に耳を傾けるのです。
「今日の千亀女は、特別に美しかったのう」
(ふん。当たり前じゃ)
「じゃが、観音さまのあの美しさには、ちょっとかなわんじゃろう」
(なんですって!)
「そうじゃのう。やっぱり観音さまが上で、その次が千亀女ということになるのう」
(きぃーーっ! くやしいー!)
 これを聞いた母は、地団駄を踏んでくやしがりました。
 千亀女は、声をあげて泣き出します。
「これは、どうにかせねば」
 二人は相談を始めて、夜明け近くになってよい考えが浮かんだのか、二人はこっそり家を抜け出しました。
 そして二人は宝満寺(ほうまんじ)に忍び込むと、観音さまを裏庭に引きずり出しました。
 そして松の青葉をつみ上げると、火をつけて観音さまの顔をいぶし始めたのです。
 黒い煙がもくもくと立ち上り、やがて観音さまの顔は真っ黒になってしまいました。
「よしよし、うまくいったよ」
 二人は顔を見合わせてにっこり笑うと、何事もなかったかのように家へ帰り、安心してぐっすりと眠りました。
 やがて昼近くになってやっと目を覚ました母は、側でねている千亀女を見て、
「きゃぁぁーーっ!」
と、叫び声をあげました。
 その悲鳴に、千亀女も目を覚ましました。
「あわわわ、あわわわ」
 母が自分の顔を指さして口をパクパクさせているので、何ごとかと鏡をのぞいたとたん、
「きゃぁぁーーっ!」
と、千亀女も声をあげました。
 なんと美しい千亀女の顔に、黒いあばたがいっぱい出来ているのです。
 そればかりではなく、左足がズキズキすると思ったら、左足が胴体と同じくらいに膨れあがっているのです。
 きっと、観音さまのばちが当たったのでしょう。
 それから後、千亀女は脚の醜さだけでも隠そうと、地面にひきずるような長い着物を着るようになったということです。
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