まぼろしの星(08)

変な住民

 
 宇宙船ガンマ九号は、あいかわらず宇宙のなかをさまよいつづけている。
「いったい、どこへ行くことになるんでしょう」
 ノブオはペロと遊ぶのにもあきて言った。
 ミキ隊員は、いままで立ち寄った星々を図面の上でつなぎながら答えた。
「ある方向をめざしていることはたしかなんだけど、あっちへ寄ったり、こっちへ寄ったりしているのよ。なぜこんなことになるのか、さっぱりわからないわ」
 進んでみる以外にないのだ。進みつづければ、いつかまぼろしの星に行きつき、なぞもとけるだろう。
 ノブオは窓の外を指さして言った。
「あ、また、ひとつ惑星が見えてきました。近よってみましょう」
 ミキ隊員は操縦席につき、ハンドルを動かし、それへむかった。上空から見おろしたが、なんということもない。岩ばかりの星で、ところどころに植物が少しはえている。それだけのことだった。
「着陸することもない、つまらない星のようよ。星のまわりを一周して、それで終りにしましょう」
 と、ミキ隊員が言った。だが、宇宙船がその星の夜の側、つまり光のあたってない側にまわった時、ノブオは声をあげた。
「あっ、あれはなんだろう……」
「どうしたの」
「なにか光るものがあるんです、なんにもない星なのに。火山の噴火とも思えないし、速力を落してください」
 ノブオは望遠鏡でのぞき、暗い地上にそれをみつけた。だが、信じられないような気がして、何回も目をこすった。
 それは町だった。いくつかの建物があり、窓にはあかりがともっている。あかりは道をも照らしている。そして、そんな町はそこだけなのだ。
 ノブオは、ミキ隊員にも見せた。
「ほら、たしかに町ですよ」
「ほんと、気のせいなんかじゃないわね。これは調べる必要があるわ。でも、あそこにどんな連中がいるか、なにが待ちかまえているかわからない。いま直接に乗りこむのは危険だわ。少しはなれたところにおり、朝になるのを待って近づきましょう」
 ガンマ九号は着陸した。あかりのついた町からはなれた、くぼんだ土地へおりたのだ。
 その夜、ノブオとミキ隊員は、かわるがわる眠った。町にだれかいるとしたら、宇宙船の着陸を見て、やってくるかもしれない。その警戒のため、ひとりは起きていなければならないのだ。
 こんなつまらない星に、どんな住民がいるのだろう。危険なやつなのか、おとなしい人なのか、なにもわからないのだ。
 しかし、なにごともなく朝になった。ペロは外へ早く出たがって、うれしそうにほえている。ミキ隊員は、この星の空気を調べた。
「宇宙服なしでも、呼吸にはさしつかえないわ。でも着ていきましょう」
 宇宙服は、特殊な合金でできているので、万一なにかに攻撃されても、ふつうの武器なら、それで防げるのだ。ふたりは光線銃を腰につけ、宇宙船から出た。
「たしか、あっちの方向でしたよ」
 小さな丘をのぼると、そのむこうに町が見えた。きのうは朝になったら消えてしまう、夢のようなものじゃないかとも思えたが、ちゃんとそこにあった。
 ふたりはあらためて驚き、ふしぎがった。こんな岩ばかりで、ぱっとしない星に、町を作り、夜になるとあかりをつける文明をもった住民がいるとは……。
 双眼鏡でのぞくと、町の道を歩く人々が見えた。道といっても、それは町のなかだけで、町から外まではのびていない。町の外へ出る道がないというのは、変な感じだった。
 しかし、人間らしい住民のいる星に、はじめて、めぐり会えたのだ。すぐに話は通じなくても、そのうち、いろいろなことを聞けるだろう。ノブオは思わずかけだした。ペロもついてくる。ミキ隊員は注意した。
「気をつけないと、あぶないわよ。どんな相手だか、まだわからないんだから」
 しかし、近づいていっても、住民は、別に攻撃をしかけてこなかった。むちゃで乱暴な人たちではないようだ。ノブオは大声で呼びかけてみた。
「おおい、みなさん。ぼくたちは地球という星からきたんです。仲よくしましょう」
 ペロもいっしょにほえた。歩いている住民たちはこっちを見たが、それだけで、またなにごともなかったように歩きつづける。手も振ってくれないのだ。
「がっかりしちゃうなあ。少しは感激してくれてもいいだろうに……」
 ノブオは立ち止まり、あとからくるミキ隊員を待ちながら、町をながめた。四階建てぐらいのビルが三つある。それに、丸いドーム状の建物がひとつだ。住民たちは、建物からつぎつぎに現われ、ドームの入り口に入っていくのだ。働きにでかけているみたいだった。
 働くのはいいが、こっちは遠い星からやってきたんだ。歓迎会をやってくれとは言わないが、あいさつぐらいしてくれればいいのに。ノブオは不満だった。
「この住民は、ばかじゃないんでしょうか」
「ばかなら、こんな町は作れないわよ」
「それなら、なにかのワナでしょうか。知らん顔をしているが、ぼくたちが油断して近づくと、わっと飛びかかってくるとか……」
「そんな感じもしないわね」
 と、ミキ隊員は首をかしげた。ここの住民たちの身長はみな百六十センチぐらい。制服なのか、黒っぽいぴったりした服を着ている。
 ノブオとミキ隊員は、歩いている人にさらに近づき、呼びかけた。
「みなさん、あたしたちは空のかなたから、宇宙をわたってきたのですよ……」
 しかし、だれも知らん顔。答えてもくれなければ、笑ってもくれない。そこにいるふたりが、目に入らないかのように歩いていってしまうのだ。催眠術にでもかかっているようだ。それとも、寝ぼけているのだろうか。
「ねえ、なんとか言ってくださいよ。来てもらって困るというなら帰りますから……」
 ノブオはがまんしきれなくなり、住民のひとりをつかまえ、ゆすぶりながら叫んだ。そのうち、急にぞっとして悲鳴をあげた。
「あ、つめたい……」
 住民のからだがつめたかったのだ。ノブオはこわくなり、腰がぬけたように、ふるえながらそこへすわりこんだ。死んだ人にさわったような気持ちだった。ここは死者の町なのだろうか。死者たちがなにものかにあやつられて働いているのだろうか……。
 しかし、ミキ隊員は年上だけあって、落ちついていた。光線銃をかまえながら、住民にさわったり、顔をのぞきこんだりしてから言った。
「わけがわかってきたわ。みんなロボットなのよ。どの歩き方もみな同じでしょう」
 そういえば、ここの住民たちは、歩き方ばかりか背の高さも同じだった。ノブオはほっとし、ため息をついた。
「そうだったのか、ああ、びっくりした……」
 ロボットとわかったが、調べなくてはならないことは、まだたくさんある。ここでなにをしているのだろう。だれが命令しているのだろう。
 ふたりはロボットたちにくっついて、ドーム状の建物のなかへ入ってみた。
 ドームのなかには、トンネルの入り口のような穴があり、みなそこへ入ってゆく。そして、その穴からはコンベヤーによって鉱石が送り出されてくる。
 ロボットたちは、地下で鉱石を掘る仕事をするように作られていたのだ。だから、それ以外のことにはまるで関心がない。宇宙船が着陸しようが、だれが声をかけようが、少しも感じないのだろう。
 穴から出てきた鉱石は、機械によって精錬されてゆく。なにがとれるのだろうと、つぎつぎに機械を調べていくと、金だった。ここは金をとる鉱山だったのだ。
 美しく黄色く光る金は、金貨のような丸い形にされ、袋に入れられる。その袋はロボットがトロッコにのせ、ドームの外へ運び出している。
「いったい、どこへ運んで行くんでしょう。そこにはだれがいるんでしょう」
 ふたりはあとにつづいて、町の道へ出た。
 その時、どこからともなく光線銃がきらめき、ふたりの足もとの地面に命中した。火花が散り、煙が立ちのぼる。ふたりが驚いて立ち止まると、こんどは声がした。
「それ以上さきへ進むな。一歩でも進むと、こんどは、ほんとうにからだをうつぞ」
 男の声で、地球の言葉だった。声のほうを見ると、一つの建物の三階の窓から、銃をかまえているやつがあった。
 地球人だった。その服装や光線銃から、出発したまま帰らない探検隊のひとりらしい。ミキ隊員が呼びかけた。
「あたし、ガンマ基地のミキ隊員よ。こんなところで、なにをしているの」
「うるさい。ここは、おれがみつけたんだ。倉庫のなかで眠っていたロボットたちを発見し、動くようにし、ここまでしあげたのだ。この町はおれのものだ。金鉱もおれのものだ、ロボットたちもおれのものだ。ここではおれが王さまだ。金はだれにもやらないぞ」
「金など、どうでもいいわ。それより、大切な任務は忘れてしまったの」
「任務がなんだ。おれはここを動かない。金をどんどんためるのだ」
 男は叫び、また光線銃をうった。ノブオはあとにさがりながら、ミキ隊員にささやいた。
「金にとりつかれ、頭がおかしくなっているようですね。どうしましょう」
「たしかに、気が狂っているようね。近づいたら、ほんとにうってくるかもしれないわ。といって、頭のおかしくなった隊員を、こっちから、うち殺すわけにもいかないわ。このまま、引き上げましょう。基地へ報告して、あとでなんとかすればいいわ」
 ほかにどうしようもないのだ。ふたりはあきらめ、ガンマ九号へ戻った。そして、また宇宙ヘと出発する。ノブオはいまの星を振りかえりながら言った。
「どうして、ああ金に熱をあげてしまったんでしょう」
 ほかに話し相手もない星の上の町。そこで大ぜいのロボットたちを使い、どんどん金をためつづける男。しかし、ためたからといって、使い道はなんにもないのだ。ノブオはふしぎな気分になった。ミキ隊員は言う。
「人類はむかし長いあいだ、金にとりつかれていたのよ。だから、宇宙へ進出する時代になっても、ときどき、あんな人が現われるのでしょう」
「それにしても、あの鉱山とそこで働くロボットを作った宇宙人は、どうしてしまったんでしょう。ぼくたちが行くと、いつも立ち去ったあとみたいだ……」
「そのうち、きっとめぐり会えると思うわ。さあ、スピードをあげるわよ」
 ガンマ九号は星々の海へと乗りだした。
 
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