便利な草花

 植物学にくわしいエス博士の家は、郊外にあった。ある冬の日のこと、友だちのアール氏がたずねてきた。

「こんにちは。お元気ですか」
 とアール氏があいさつすると、博士はへやのなかに迎え入れながら言った。
「ええ、久しぶりですね。昨年の夏においでになって以来ではありませんか。きょう、わざわざいらっしゃったのは、なにかご用があってですか」
「じつは、教えてもらいたいことがあってね。このへんは郊外だから、夏にはハエやカが多いはずでしょう」
「もちろんですよ。しかし、それがどうかしましたか」
「それなのに、夏にうかがった時は、それらの虫に少しも悩まされなかった。あとで考えてみると、ふしぎでならない。そのわけを知りたくて、とうとう、がまんができなくなったのです」
「ああ、そのことですか。あれのおかげですよ」
 と博士はあっさり答え、笑いながら、へやのすみを指さした。台の上に、ウエキバチに植えた大きな草花がおいてある。濃い緑の葉で黄色っぽい花が咲いていた。アール氏はそれをながめて、うなずいた。
「なるほど。虫をつかまえる草花だったのか。話には聞いていたが、見るのははじめてだ。で、どこで採集した種類ですか」
「これほどよく働くのは、ほかのどこにもありません。わたしが苦心して、品種改良で作りあげました」
「いいにおいがしますね」
「それですよ。そのにおいは、人間には害がなく、虫を引きつける強い作用を持っています。ハエは食料をそっちのけにし、ノミやカは人間にたかるのをやめ、みなこの花をめざします。つまり、うるさい虫のすべてが集まってくるのです。そして、この葉です。表面がべとべとしていて、そこにとまった虫は逃げられず、たちまち消化されてしまいます」
「あとかたもなく、消えてしまうわけですね。うむ。すばらしい草だ。もちろん、これを作りあげた、あなたの才能もすばらしい」
 とアール氏は心から感心した。
「それほどとも思いませんが、ほめてもらうと、うれしくなります」
「けんそんなどしないで、自慢すべきですよ。虫の悩みから、人間を解放したのですよ。こんな便利な草はない。肥料もいらないし、第一、害虫がつくこともない。それに美しく、ていさいもいい。どうだろう。わたしにゆずってくれないかな」
「これまでに育てるのは何年もかかり、ちょっと惜しい気もします。しかし、あと三つばかりありますし、ほかならぬあなたのことです。さしあげましょう。それをお持ちになってかまいませんよ」
「本当ですか。それはありがたい」
 アール氏は大喜びだった。くりかえしてお礼を言い、ウエキバチをかかえて帰ろうとした。それを呼びとめて、博士が言った。
「あ、その下にある台も、いっしょにお持ちになってください」
「そんな台なら、うちにもある。それとも、なにか特別な台なのですか」
「そうですよ。ボウフラを育てるのに、必要な器具が入っています」
「なんでまた、そんなものが……」
「夏のあいだは不要ですが、冬になると、その草花は食べる物がなくて枯れてしまうのです。だから、寒いあいだは、それでカを作って与えなければなりません。ボウフラの育て方は、これに書いてあります」
 博士から説明書を渡され、アール氏はそれを読んだ。そして、首をかしげながら言った。
「たいへんな手間ではありませんか。いったい、この草花は便利なものだろうか、不便なものだろうか。わけがわからなくなってきたぞ」
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