今日からマ王11-8

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 ウェラー卿は肩《かた》に担《かつ》いでいた兵士を投げだし、引きずっていたもう一人から左手を離した。軍隊仕様の外套《がいとう》は、肩から胸にかけてどす黒く染まっていた。何人の返り血を浴びたのだろう。抜き身の剣に白い物がこびり付いていた。脂《あぶら》だ。
 彼の方を見たいわけではなかったが、|怪我《けが》人が気になり反射的に振《ふ》り向いてしまう。
 どちらも黄色と水色の小シマロンの軍服姿で、一人は背中を、もう一人は腹をざっくりと|斬《き》られていた。呻《うめ》いてもいない。
「……死んでるのか」
「いや、まだ生きている」
 膝をついたヴォルフラムが、首筋に指を当てて言った。辛《かろ》うじて、と言葉が続く。
「死んじゃうのか!? おいっ」
 おれは椅子を蹴って二人の真ん中にしゃがみ込み、若い兵士に恐《おそ》る恐る触《ふ》れた。異常なくらい体温が低い。
「門前に放置されていたのを拾ってきた。正面ではまだ交戦中だ。警備側も善戦はしているが分が悪い。どうなっているんだ小シマロン王、あの連中は一体誰だ? 何だこの有様は」
「貴様、何者だ」
 サラレギーがやんわりと止めた。
「かまわないよストローブ。彼は大シマロンからの使者だ」
 サラレギーを問い質《ただ》すウェラー卿の言葉を、耳だけで聞いている。視線は目の前の兵士から離せずに、指はじりじりと腹の傷に引き寄せられていく。
「誰かと思えば、ベラール|殿下《でんか》の新しいお気に入りだね、ウェラー卿。見てのとおりこの部屋には、二つの国の王がいる。礼をもって入室してほしかったが、きみにとっては|今更《いまさら》なのだろうな」
「|仰《おっしゃ》るとおり、今更だ」
 やりとりを頭の隅《すみ》でぼんやり聞きながら、おれは目の前の怪我人に手をかざす。人差し指の先が、開いた傷口に届く。白かった爪《つめ》が赤く染まり、指の腹が動かない肉に触れた。身体中を電気に似た|衝撃《しょうげき》が走る。部屋の中の話し声が、少しだけ遠くなり始めた。
「殿下に命じられて首都まで来てみれば、王は出立後、城はもぬけの殻《から》だ。港まで走らせるつもりでやっと追いついたら、宿の外壁《がいへき》は剣と|槍《やり》でぐるりと囲まれている。それも小シマロンの軍服を着た兵士達にだ。攻《せ》め手も守り手も同じ軍服姿……サラレギー陛下、どういうことか説明していただきたい。私にもベラール殿下に報告する義務がある」
「見てのとおりだよ、ウェラー卿。内乱だ、とても小規模な。彼等はわたしの外交政策に反対し、過激な手段で聖砂国への出航を|妨害《ぼうがい》している。同じ服を着ているわけだ、どちらも小シマロンの兵士なのだから」
「ではサラレギー陛下、小シマロン王は内乱をうち捨てて、国を離れると言われるのか」
「そのようなことまでご心配くださるとは、ベラール殿下は何とお心の広い方だろう!」
 |芝居《しばい》がかった調子でサラレギーが言った。
「大シマロンよりの使者|殿《どの》よ、どうかお気になさらぬように。今日、この機に乗じて兵士達が蜂起《ほうき》しようことなど、我等とて当然予測はしておりましたとも! 寧《むし》ろ小規模すぎて炙《あぶ》り出せずにいた反乱分子を、ひと思いに処分できる良い機会です」
 サラレギーの軽《かろ》やかな足音が窓に近づき、硝子《ガラス》越《ご》しに地上を見下ろした。すぐに|普通《ふつう》の彼に戻《もど》る。|大袈裟《おおげさ》な態度は見せかけだけだ。
「|戦況《せんきょう》が落ち着いたらここを出よう。こういう時のための隠《かく》し通路がある」
「隠し通路?」
「王家|御用達《ごようたし》ってことだよ」
「私も同行することになりそうだ」
 無意識に顔がそちらを向きかけた。「私」って、誰が。
 サラレギーは言葉と裏腹に、少女めいた|優《やさ》しい笑《え》みを浮《う》かべた。
「それもベラール二世殿下の指示かい?」
「そうだ。行き過ぎた動向が予想される場合、大シマロンは小シマロンを監督《かんとく》する義務がある。それは承知の上だろう、サラレギー陛下」
「やれやれ」
 細い肩と腕《うで》を軽く竦《すく》めて、少年王が|呆《あき》れた溜《た》め息を吐《つ》いた。|僅《わず》かに首を傾《かし》げると、項《うなじ》にかかる淡《あわ》い|金髪《きんぱつ》がサラリと流れる。
「わたしの船に乗るつもりだね」
 話し声がどんどん遠くなり、重い頭がぐらついた。意識が|朦朧《もうろう》としてきた。
 指先から手首、肘《ひじ》を伝って、|鈍《にぶ》い痛みが上ってくる。肩の付け根からは全身へと枝分かれし、血管を辿《たど》って脳へ、脚《あし》へ、心臓へと……。
「何をしてる!?」
 突然《とつぜん》、強い衝撃があった。ヴォルフラムが悲鳴に近い高さで叫《さけ》び、おれの肩を掴《つか》んで揺《ゆ》さぶっている。
「ユーリお前っ、何を|馬鹿《ばか》なこと……こいつらの怪我を治そうとしたのか!?」
「ばかなことじゃ、ないだろ」
 以前に何度か成功したみたいに、少しでも出血を止めたかったのだ。
「血はとまった? だって前に、おまえだって、やってみせてくれただろ……」
 舌がうまく動いてくれず、酔《よ》っ払《ぱら》ったみたいに呂律《ろれつ》が回らない。兵士の身体から腕を引き剥《は》がされると、自力でしゃがんでいられずに、尻餅《しりもち》をつくよう背後に|倒《たお》れ込む。
「人間の土地で|魔力《まりょく》を使うのは危険だと、あれだけ言っておいただろうがっ! どうした、どこか痛むのか?」
「そんなん忘れ……あーぐらぐらする。ちょっとまって、別にもう苦しくない。ただ、こう、目が回ってるんだ。ちょっと待てばすぐ、戻る、から」
 本当は口をきくのも一苦労だ。ヴォルフラムの胸に後頭部を預けたまま、おれは眼底の痛みに耐《た》えた。風邪《かぜ》で発熱する前と同じ疼痛《とうつう》だ。指先を動かすのも辛《つら》い。
 おれの|中途《ちゅうと》半端《はんぱ》な魔力では、怪我人一人治せないのだろうか。ずっと昔、|誰《だれ》かが言っていたとおり、魔力は万能《ばんのう》なものじゃないんだな。銀の刺繍《ししゅう》が美しい壁紙《かべがみ》を眺《なが》めながら、ぼんやりとそう考えていた。建物の外からは幽《かす》かな金属音と、兵士達の叫び声が聞こえる。
 宙に浮いた視線の先に、泣きたくなるほど懐《なつ》かしい姿があった。
 コンラッドだ。
 傷の残る|眉《まゆ》を僅かに寄せて、何か言いたそうにおれを見ている。声は届かなかったが、唇《くちびる》が聞き飽《あ》きた単語の形に動いた。
 ユーリ。
 自制の利かない意識の中で、おれは石みたいに重い腕を持ち上げようとした。
 服の色なんかどうでもいい。
 服の色なんか、どうでも。
 コンラッドの膝《ひざ》が前に動き、右の踵《かかと》が床《ゆか》から離《はな》れた。だがすぐに目の前が明るい灰色で塞《ふさ》がれ、銀を散らした|虹彩《こうさい》が見えなくなってしまった。
 室内に耳を打つ金属音が|響《ひび》き渡《わた》り、光の届かないテーブルの陰《かげ》に、飛び散った火花が消えていった。判断力が低下していて、何が起こっているのか理解できない。それが剣戟《けんげき》の音と気付くのにかなりの時間を要した。最初の|一撃《いちげき》を抜《ぬ》き身の刃《やいば》で躱《かわ》されて、ギュンターが背後に跳《と》び退《すさ》る。視界を覆《おお》った明るい灰色は、彼の背中だったのだ。
「一歩でも陛下に近付けば、あなたを斬り伏《ふ》せることになりますよ」
「正気か、ギュンター?」
 僅かな動揺《どうよう》のこもったコンラッドの声と、剣《けん》の向きを変える音だけが聞こえた。フォンクライスト|卿《きょう》の長い髪《かみ》が、肩から二の腕へと|滑《すべ》り落ちる。
「あなたが反対派の手先でないとどうして言い切れます? 若《も》しくは大シマロンが魔族の|失墜《しっつい》のために、魔王陛下の御命《おいのち》を狙《ねら》って放った|刺客《しかく》であるかもしれない」
「俺はここに眞魔国の使節団がいたのさえ知らなかった」
「国を裏切った男の言葉など、信じられるものですか!」
 ギュンターの踏《ふ》み込んだ勢いが、空気の動きでおれの所まで伝わってきた。素早《すばや》く、頬《ほお》を切りそうな鋭《するど》さだ。
「あなたは|最早《もはや》、眞魔国の者ではない! 魔王に忠誠を|誓《ちか》う我々とは明らかに違う存在です」
「ギュンター、だからといってお前とやり合う理由は……」
「私にはあります!」
 下から突《つ》き上げる|珍《めずら》しい振《ふ》り方をして、コンラッドの刃先《はさき》を欠けさせる。
 やめろギュンター。そんなのあんたのすることじゃないよ。
 そういえばおれは、この教育係が剣を持ったところを見たことがない。魔力と知力に長《た》けているのは知っているが、武力に関してはどうなんだろう。|剣豪《けんごう》一筋八十年のコンラッド相手に、下手に挑《いど》んで返り討《う》ちに遭《あ》わないだろうか。
「……やめろ……やめさせてくれよヴォルフ。人間の土地で|怪我《けが》なんかしたら大変なんだろ。くそ、この|眩暈《めまい》がなんとかなれば……」
「誰が怪我をするって? コンラートがか?」
「どっちもだ。でもギュンターは、剣なんて|滅多《めった》に」
 ヴォルフラムの胸から頭を持ち上げて、腕の中からどうにか抜けようとした。立てなければ膝ででも、這《は》ってでもいい。どちらかが傷を負う前に、彼等を止めなくてはならない。
「もし本気で勝負したら」
 おれの努力に気付いたヴォルフラムは、両腕で支えてくれながら言った。
「|互角《ごかく》か、危ないのはコンラートかもしれない」
「ええ?」
「まだ動くな。いいからやらせておけ」
「だってギュンターはここで魔力は使えないんだろ!? てことは剣の腕だけで互角なのか? しかもお前な、一方はお前の兄貴だぞ!?」
 ヴォルフラムは妙にすっきりした顔で、恐《おそ》ろしいことを言った。
「ユーリがここでヘタレていなければ、ぼくが代わりたいくらいだ。グリエも同じ気持ちだろう」
「代わ……どっちと!」
「お前だってそうだろう? 二、三発|殴《なぐ》ったくらいでは気が治まらない」
 バットで、二、三発。
「……重傷だろうな」
 おれまで|物騒《ぶっそう》な考えになってどうする。
 サラレギーはといえば、窓の桟《さん》に寄り掛《か》かったまま、興味深そうにギュンターとウェラー卿を眺めている。彼の|涼《すず》しげな|容貌《ようぼう》には、困惑《こんわく》も|侮蔑《ぶべつ》も浮かんでいなかった。
 少年王に引き寄せられた視線を、おれはすぐに自分の身内の方へ戻した。|眉間《みけん》にくる高い金属音が響いたからだ。
 カーテンのない窓から朝日を受けて、剣は銀色の光を放った。おれの位置からは刀身の動きよりも、光の軌跡《きせき》を追うほうが楽だ。
「こんな服を着させるために、|全《すべ》てを教えたわけではありません!」
 苦痛に満ちたギュンターの声に、おれはハッとした。
 忘れてた。フォンクライスト卿は多くの生徒を持つ教師だった人だ。武官ではないと言っていたから、職種としては軍属|扱《あつか》いか。昔は鬼《おに》教官だったのかもしれないと思うと、こんな事態なのに頬が緩《ゆる》む。
 実戦慣れしているとヴォルフラムが|呟《つぶや》く太刀《たち》筋で、ウェラー卿はギュンターの剣を払《はら》った。武器自体の強度にも差があるのではないかと、他人事《ひとごと》ながらハラハラしてしまう。
「では何のために兵を育てた? 戦場で華々《はなばな》しく死なせるためか」
 せめぎ合う刃《やいば》以上に、ウェラー卿の声は冷たい。逆にギュンターの言葉は熱く、どちらも混ざりあいはしなかった。
「私はずっと、生きて国家に、眞王とその代行者たる|魔王《まおう》陛下に、最後まで忠実にお仕えする者をと……」
「多くの者が望むとおりになっただろう」
 ガツ、と鈍く短い|衝撃《しょうげき》音。甲高《かんだか》い金属音の|斬《き》り合いよりも、こちらのぶつかり合いのほうが余程《よほど》危険だ。力の逃《に》げる場所がないので、|互《たが》いの武具と腕に直接伝わる。
 ウェラー卿が唇を歪《ゆが》めた。笑ったのかどうか、彼の心は読めない。
「あまり欲張るな」
「|何故《なぜ》です……私は陛下の剣となり盾《たて》となる道を、あなたに示したはずなのに」
 逆にギュンターは背中しか見えなかった。薄灰《うすはい》色の光沢《こうたく》のある|僧衣《そうい》が、バトルの動きにつられて優雅《ゆうが》に揺《ゆ》れる。剣先の軌道と|一緒《いっしょ》にぼんやり見ていると、まるで剣舞《けんぶ》のようだった。
 中央で交差していた長剣同士が、幽《かす》かな研磨《けんま》音とともに|滑《すべ》り落ちた。|頑丈《がんじょう》な|鍔《つば》近くで重なり合い、顔と顔がくっつきそうに近くなる。
「……あなたは、魔王の御許《みもと》にいればいい」
「その言葉はそのまま返そう。|誰《だれ》より誠実な者にこそ|相応《ふさわ》しい」
 ウェラー卿の薄茶の瞳《ひとみ》が翳《かげ》った。おりかけた|瞼《まぶた》が再び開く。
 |充分《じゅうぶん》に研ぎ上げられた刃を鍔の|突起《とっき》に食い込ませ、相手の剣を|素早《すばや》く捻《ひね》る。力ではなく、手首のスナップだ。
 硝子《ガラス》細工が割れるような音をたてて、瞬間《しゅんかん》的に部屋の空気が震《ふる》えた。
 根本から折れたギュンターの剣が、|輝《かがや》きを失って床《ゆか》に転がった。
「どうやらそいつは戦場を知らぬ武器らしい。そして教官|殿《どの》……フォンクライスト卿は、人を斬らぬ手練《てだ》れのようだ」
 おれは|掌《てのひら》にじっとりと|汗《あせ》をかいていた。爪《つめ》の跡《あと》が残るほど、両手を|握《にぎ》り締《し》めている。|凄《すご》い力で。痛いくらいの力で。
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「あっ」
 足に力が戻ってきていた。がくつく|膝《ひざ》を|騙《だま》して掌で固定し、勢いをつけて立ち上がる。成功した!
 顔を向けると、柄《つか》ばかりの武器を握るギュンターが、ウェラー卿の剣を鍔元で撥《は》ね飛ばしたところだった。
「そこまでだっ」
 ヴォルフラムの手が服を掴《つか》むより先に、おれは二人の間に身を割り込ませた。両腕を広げ、ギュンターに背を向ける。誰の前に立ちはだかり誰を|庇《かば》うべきかは、自分なりに理解しているつもりだ。これで正しい。決して|間違《まちが》ってはいない。
「陛下」
 思わず口にしてしまったのか、ウェラー卿は自分でも|驚《おどろ》いた顔をした。急に剣筋を変えたために、バランスを崩《くず》して大きくよろめく。
「もう気が済んだだろ」
「陛下っ、何という危険なことをされるのですか。私など庇う必要はございません、どうか斬り合いの直中《ただなか》になど……」
「余計な口を|挟《はさ》むな!」
 肩《かた》にかかりかけた指が、びくっと跳ねた。
「テメーから始めといて偉《えら》そうに説教するな! ギュンター!」
「は、はい」
「おれの前で、おれ以上に青臭《あおくさ》い諍《いさか》いはやめろ! 百歳もとっくに過ぎてんのに大人げないぞ。しかもここをどこだと思ってる!? 両国トップ会談の会場だぞ? 見ろよもう、サラレギーの大人なこと。あんた何歳年上か判《わか》ってんのか」
「申しわけ……ございません……陛下」
 肩を落として謝るギュンターの横で、ウェラー卿が剣を鞘《さや》に収めた。かちりと小気味いい音がする。
 おれは彼の真正面に立ち、感情を隠した眼《め》を見上げる。
「大シマロンの使者の方には、おれの部下がとんだ無礼を働いた。申し訳ない、心苦しく思っている」
「……ほんの戯《たわむ》れです。どうぞお気になさらずに」
 ぎこちない遣《や》り取りの後に、サラレギーが三度ばかり手を叩《たた》いた。高めの|天井《てんじょう》に反響《はんきょう》して、音が頭上から降ってくる。
「大変、興味深く見させてもらった。師弟の間に起こった事は知らないが」
 のしのし歩いてきて、細い指でおれの手首を掴む。
「せっかくできた大切な友人を巻き込まないでほしいな。わたしはここから|脱出《だっしゅつ》する。ユーリもだ。自分達の王を護《まも》る気がないのなら、いつまででもじゃれ合っていればいい」
「ちょ、ちょっとサラ」
「さあユーリ、行こう。隠《かく》し通路だよ、わくわくしないか? 子供の頃《ころ》に憧《あこが》れたものだけど、城の通路は爺《じい》やに|冒険《ぼうけん》させてもらえなくて」
「……爺やがいたんだ」
 さすがは生まれついての王子様だ。こっちはベビーシッターさえいなかったというのに。と|庶民《しょみん》的感想を述べる間もなく、サラレギーはおれの手首を掴んだまま、暖炉《だんろ》の中に身を投じた。
「えっ、なななななに!? 水なしのスタツア!?」
「気をつけてユーリ、舌を噛《か》まないように」
「ひたってのうやって、うっひゃひょほぉーい!」
 暗闇《くらやみ》の中、長い長い|滑《すべ》り台を下ってゆく。尻《しり》が痛い、お尻が|摩擦《まさつ》で熱い。なんかもう焦《こ》げて燃えるようだ。隠し通路というよりは、シークレットジェットコースターだろう。
 いきなり道が終わって、|身体《からだ》が宙に投げだされた。|尾《び》てい骨から埃《ほこり》っぽい地面に落下する。空気はほんのりと黴《かび》くさいが、呼吸できない程ではない。後に続いたらしい仲間達が、次々とおれの上に乗っかってきた。
「ぬが」「むが」「もが」「かが」百万石《ひゃくまんごく》。
「いてーよ、どけよ早く退《ど》けったら」
 闇《やみ》の中に潜《ひそ》む小動物が、ウキキウキキと鳴きながら逃げ去った。暗闇に目が慣れるまではと思って手|探《さぐ》りで地面を撫《な》でると、滑《なめ》らかで乾《かわ》いた丸い物体を拾った。
「誰か、火……おひょえーっ!」
 点《とも》された炎《ほのお》に近づけてみると、そいつは黄ばんだ|頭蓋骨《ずがいこつ》だった。
「ししし死んでる、この先死亡事故多発地帯だようー! ちょ、ちょっとサラ、この道本当に正しいんだろうなッ!? インディ・ジョーンズじゃないんだろうな?」
「合ってるよ。ここは昔、|厨房《ちゅうぼう》だったから、その頃の食材の名残《なごり》じゃないかな」
 聞かなければ良かった。ていうか狒狒《ひひ》、これはヒヒだろう。いくらグルメでも人骨で出汁《だし》はとらないだろう。それとももしかしたらこいつは骨地族《こつちぞく》の一員で、骨《ほね》パシーで本国へ連絡《れんらく》してくれるのかもしれない。
 おれは勇気をだして骸骨の顎《あご》を掴み、カタカタいわせながらメッセージを残した。
「兄さん、時間です。じゃなかった、ブラザー、いま地下です。前人|未踏《みとう》の地下道を、太古の生物の存在を信じて奥へと進んでいます」
 返事がない。ただのしかばねのようだ。
 正しい知識の伝達に燃える教育係が、冷静に注釈を入れた。
「陛下、それは骨地族ではありません。奴等《やつら》は埋《う》まるのも晒《さら》されるのも大好きですが、地下道で蜘蛛《くも》の巣を張られるのは大嫌《だいきら》いなのです」
「ありゃ」
 コッチーこと骨地族が苦手とする蜘蛛の巣が、おれの髪《かみ》にまとわりついた。
「ユーリ、こっちだよ」
 意気|揚々《ようよう》と先を行くサラレギーが手を振《ふ》る。ようやく闇にも目が慣れてきて、彼の白い肌《はだ》がぼうっと|浮《う》かんで見えた。
 ギュンターが躓《つまず》き、前にいた者が支《つか》えている間に、ウェラー|卿《きょう》の気配が背後に近付いた。躊躇《ためら》っている様子だったが、しばらく待つと馬鹿《ばか》丁寧《ていねい》に話しかけてきた。ただし彼の顔は前方を見据《みす》えたままだ。
「お元気でいらっしゃいましたか」
 小声なら、多分|皆《みな》には聞こえないだろう。けれどおれも前にちらつく出口らしき光を見詰《みつ》めたままで、会話の相手に顔を向けない。
「ああ」
「ベラール四世陛下も、お気にかけておいででした」
「ああ、あんたの『陛下』ね」
「荒れ野では、気がかりな別れ方をいたしましたから」
「心配させて申し訳なかったと伝えてくれ」
 サラレギーがまた振り返った。
「ユーリ! 出口だ。わたしの言ったとおりだろう?」
 いま手を振っている小シマロン王サラレギーと、アニメ声のシガニー・ウィーバーこと大シマロンのベラール四世陛下こそ、本当の意味でのライバル関係だ。サラレギーは大シマロンの囲い込みから逃《のが》れなければならないし、ベラール四世陛下は叔父《おじ》を打ち負かす必要がある。どちらを|応援《おうえん》するかと問われれば、今のところ心証的に断然サラレギーだ。
「仲良くなられたんですか」
「ああ」
「そうですか。しかし彼は……」
 不意にコンラッドが口を噤《つぐ》んだ。
 |囁《ささや》き合いに気付いたギュンターが、髪を振り乱して駆け戻ってきたからだ。
 
 中天に近付いた太陽に照らされて、外は|目映《まばゆ》いばかりだった。マンホールみたいな分厚い蓋《ふた》を押し上げると、そこは森の狩猟《しゅりょう》小屋の裏だ。曲がりくねった長い地下道のお陰《かげ》で、兵士達の声も聞こえないくらい離《はな》れた場所だ。
 ストローブともう一人の小シマロン兵が、繋《つな》がれていた数頭の馬を放す。一台だけのシンプルな馬車を眺《なが》めながら、サラレギーが|訊《き》いてきた。
「馬には乗れる?」
 苦い経験が蘇《よみがえ》り、気の重い溜《た》め息がでてしまう。
「乗れるこた乗れるけど、走れないよ」
「同じだ。ではわたしの馬車に乗るといいよ。馬よりは多少|遅《おそ》いが、危険は少ない」
「ありがとう。でもおれが一人だと仲間が心配するしな……ギュンター、こっちだ! 彼等もいいかな」
「もちろんだ。港まで駆《か》け通しでも一昼夜はかかる。馬上では|居眠《いねむ》りもできないが、車の中なら少しは休める。ああところで」
 ストローブの手が離せなかったので、おれが代わりにサラレギーが馬車に乗るのを支えてやる。子供みたいに軽い。生粋《きっすい》の王子様っていうのは、あらゆるところが|華奢《きゃしゃ》にできているんだな。
「ウェラー卿は|一緒《いっしょ》に乗らないのかな。あなた方と彼はかなり親しかったんだろう?」
 しまった、すっかりバレている。
「あー、でも」
 あんたのせいだぞ、とばかりにギュンターを睨《にら》み付ける。ナチュラルボーン瞬間《しゅんかん》湯沸《ゆわ》かし器のおれだって、他人のことは責められないけど。
「彼は馬に乗らせても|凄《すご》いから」
「そう。それは頼《たの》もしいね」
 意味ありげな返事だった。
「ところで彼に……よく似た兄弟はいるのかな」
 サラレギーが何を知りたいのか判らなかったので、聞こえないよという顔をしておいた。幸いなことにもう一度|尋《たず》ねられはしなかった。
 重要なの「よく似ている」かどうかなのだろうか。
 「意外と似ている」兄弟の一人なら、美少年|面《づら》を歪《ゆが》ませておれたちを睨んでいるけれど。
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