トットチャンネル(04)

 書留《かきとめ》

 
 NHKからの書留を、自分の部屋の机の上に置くと、トットは考えた。
(これは、「採用します」か、または、「落第」の、どっちかの知らせに違《ちが》いない)
 もう一度、封筒《ふうとう》を手の上にのせてみる。思いなしか部厚く、意味あり気な重さを感じた。トットは、結論を出した。
「私は採用されました!」
 なぜなら、もし、「落第」の通知なら、一枚の紙きれで充分《じゆうぶん》のはず。
(この重さは、採用されたための、いろいろの書類が入っているからです)
 トットは、いつもなら、歯のはじで、かじって切れ目をつけ、ビリビリと指で開ける封筒を、ちゃんとハサミをとり出して開封した。心臓が気持よく早くなり、幸福な気持だった。
(もっと大変かと思ったら、案外、早く決まったんじゃないの!)
 こういうところ、トットは非常に楽天的だった。開封して、中の紙をひっぱり出すと、最初に見えたのは、写真だった。
「あっ、どっかで見たことある写真!」
 と思ったのも当り前で、それは、トットが履歴書《りれきしよ》に貼《は》りつけて出した、自分の写真だった。そして、部厚いと思った中味は、なんと、トットが郵送した履歴書だった。一瞬《いつしゆん》にして、トットの気持は暗くなった。履歴書が送り返されること、それは不採用のしるしに違いなかった。
(やっぱりダメだったのか!)と思ったとき、一枚の便箋《びんせん》が四つ折になって履歴書の間にはさまっているのに気がついた。いそいで開《ひろ》げた、その便箋の几帳面《きちようめん》な字は、トットを物凄《ものすご》く、おどろかせた。
「拝啓《はいけい》。あなたは、なぜ、この履歴書を郵送なさったのですか。新聞には、履歴書本人持参のこと、と書いてあったはずです。締切日《しめきりび》までに、田村町のNHKまで、御持参ください」
(あれ? 持参って、書いてあったっけ……)
 トットは、あわててNHKの広告ののった新聞を、そこいらじゅう探した。でも、必要のものが、必要のときにあったためしがない、という、いつものことで、どこにも見つからなかった。郵送した安心から、そのときに捨てたのかも知れなかった。よろこびから、落胆《らくたん》、そして、拍子抜《ひようしぬ》け、と、トットの気持は目まぐるしく変った。あんなに何日も、パパとママに見つからないかとビクビクして郵便屋さんを待ちつづけ、くたびれて、忘れた頃《ころ》に手にした書留が、これだった。
(どうしよう)
 トットは、自分の履歴書に目をやりながら考えた。毎度のことだけど、自分のぼんやりさにも、がっかりしていた。おまけに締切日は、あと二日後に迫《せま》っていた。
(持参したところで、合格するとは限らないし)
 それに……と、トットは、つぶやいた。
「若干名《じやつかんめい》しか採用しないんだから、きっと、ダメだわ」
 履歴書の写真は、いまの混乱を味わう、ずーっと前のトットらしく、陽気に笑っていた。トットは、何枚もない写真の中から、やっと、その写真をえらんだ時の、自分の、楽しかった気分を思い出すと、悲しくなった。
(こんなつもりじゃ、なかったのに……)
 こんなに深刻なことになるとは考えていなかった。人形劇を見て、NHKなら、自分がお母さんになったとき、上手に童話を読めるように教えてくれるに違いない。そう思いついて出した履歴書だった。
(でも!)と、そのときトットは、頭をあげた。(少なくとも、この書留は、締切の前に私のところに、もどったのだし、有難《ありがた》いことに、今日、私は家にいて、これを受け取った。もし学校に行ってたら郵便屋さんは、家中、留守《るす》でハンコを押《お》す人がいないから、局に持って帰り、明日、もう一度、配達する。その場合、私が学校から帰るのが夕方だから、二日後の締切には間に合わないかも知れない。今日、偶然《ぐうぜん》、学校を休んで家にいたのは、なにかの、めぐりあわせ!)
 時計を見ると、夕方までには、間があった。NHKは、一度、前を通ったことがあったから、どのくらい遠いか見当はついた。お財布《さいふ》を調べてみた。電車賃ぐらいの、おこづかいは、ギリギリ持っていた。天気もよかった。
(行ってみようかな、NHK……)
 トットは、椅子《いす》から立ち上った。
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