魔女たちのたそがれ07

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 6 少 女

 
「考えてみると……」
 と、依子は言った。「あのとき、何も追《つい》求《きゆう》したりせずに、きれいに忘《わす》れてしまっていれば良《よ》かったのかもしれません。大《おお》沢《さわ》和《かず》子《こ》のことは、ずっと分らなかったにせよ……」
「大沢和子というのは?」
 と、小《こ》西《にし》警《けい》部《ぶ》が訊《き》いた。
 午《ご》後《ご》の病《びよう》院《いん》は、静《しず》かだった。
 ベッドに少し起《お》き上った格《かつ》好《こう》で話をしている依子は、まるで、モノローグだけのドラマに出《しゆつ》演《えん》している役《やく》者《しや》のように見えた。
 津田は、依子の母親を、近くのホテルに送《おく》り届《とど》けて、戻《もど》って来たのだった。
 奇《き》妙《みよう》な雰《ふん》囲《い》気《き》だ。——依子の話と、この穏《おだ》やかな病《びよう》室《しつ》と。
 何もかもが、夢《ゆめ》のようにも思えて来る。
「すみません」
 と、依子は微《ほほ》笑《え》んだ。「大沢和子というのは、角田に刺《さ》された女《じよ》性《せい》の名です」
「なるほど」
「いけない性《せい》格《かく》なのかもしれませんけど——私、物《もの》事《ごと》を曖《あい》昧《まい》に済《す》ませておくことのできない性《せい》質《しつ》なんです」
「君《きみ》は昔《むかし》からそうだったよ」
 と、津田は言った。
「そうね。だから、男っぽいとか言われてたわ」
 と、依子は津田へ笑《わら》いかけた。
 大分、以《い》前《ぜん》の元気な依子に戻《もど》ったようだ、と津田は思った。
「それでいいんですよ」
 と、小西が穏やかに言った。「どんなに残《ざん》酷《こく》なものでも、真《しん》相《そう》を暴《あば》くことは、間《ま》違《ちが》いではありません」
「そうおっしゃって下さると、少し安《あん》心《しん》しますわ」
 依子は、深《ふか》く息《いき》をついて、天《てん》井《じよう》へ目を向《む》けた。
「疲《つか》れたのなら、少し休みましょうか」
 と、小西が訊《き》いた。
「いいえ。そうじゃありません。——私《わたし》、どうお話ししようかと……。でも、何もかも申し上げた方がよろしいでしょう」
「話しやすいように、話して下さい。総《すべ》てを聞き出すのは私の仕《し》事《ごと》ですからね」
 依子は軽《かる》く肯《うなず》いた。
「——金山医《い》師《し》の所《ところ》から戻《もど》って、私、下《げ》宿《しゆく》でいろいろ考えてしまいました。私は一体何をしているんだろう……」
 
 私は一体何をしているんだろう?
 依子は、畳《たたみ》の上に寝《ね》転《ころ》がって考えた。
 町の人たちは、みんな親切な人ばかりだ。それは分っている。でも——それでいて、河村や、金山医《い》師《し》を疑《うたが》ってかかっている。
 あの女がけがをしたにしろ、自分には何の関《かん》係《けい》もないことではないか。もっとやるべき仕《し》事《ごと》は、別《べつ》にある……。
 そうなのだ。分っている。——何もかも、見なかったことにして忘《わす》れてしまえばいいのだ。
 それで総《すべ》ては丸《まる》く収《おさ》まる。
 でも——それができない。性《せい》格《かく》というものだろう。
 だが、依子が知りたかったのは、二つだけだ。刺《さ》された女の具《ぐ》合《あい》と、刺した角田の罪《つみ》。
 それさえ分れば、依子とて満《まん》足《ぞく》したかもしれない。いや、不《ふ》満《まん》は残《のこ》っても、日々の仕事の内《うち》に、忘れていたかもしれない。
 だが、総てを忘れることは、どうしてもできなかった……。
 次《つぎ》の日曜日——
「ちょっと出かけて来ます」
 と、一《いつ》階《かい》の家《や》主《ぬし》である未《み》亡《ぼう》人《じん》へ声をかけて、依子は下《げ》宿《しゆく》を出た。
 町の中には、バス停《てい》というものはない。
 幹《かん》線《せん》道《どう》路《ろ》から外《はず》れているので、バス停は町の外れ、十分ほど歩いた所《ところ》にあった。
 野っ原を道が横《よこ》切《ぎ》っているだけの場所で、バス停の標《ひよう》識《しき》が、ポツンと、少し傾《かたむ》いて立っている。
 今は、都《と》会《かい》ではバス停の標識もずいぶん新しいデザインのものに変《かわ》っている。こんなクラシックな「停留所」は、もう忘《わす》れられて行くだけだろう。
 少し早過《す》ぎたわ。——依子は、腕《うで》時計を見て思った。
 バスも、もちろん本数が少ない。日曜日は特《とく》にそうである。
 だから、依子も、ちゃんと時間を見て、それに合わせて下宿を出たのだ。しかし、本来がせっかちなので、早く着《つ》いてしまったというわけである。
 あと五分……。
 このバスは、時《じ》刻《こく》表《ひよう》 から遅《おく》れることはあっても早く来ることはない。依子の乏《とぼ》しい経《けい》験《けん》でも、それはよく分っている。
 足《あし》音《おと》がして、振《ふ》り向《む》いた。
「まあ、先生」
 駐《ちゆう》在《ざい》の河村の奥《おく》さんである。「お出かけですか」
「ええ」
 依子は肯《うなず》いて、「お買《かい》物《もの》?」
「少し買い出しに行かないと」
 と、河村の妻《つま》は言った。「何しろ、大きいスーパーの方が、何でも安《やす》いですものね」
「そうですね」
「それに、品《しな》がいいんですよ。魚とか肉《にく》とか。やっぱり大きい所《ところ》の方が新しいですもの」
 生《き》真《ま》面《じ》目《め》で、ちょっと几《き》帳《ちよう》面《めん》なところのある河村に比《くら》べると、妻の方はのんびりタイプである。
 河村もやや太《ふと》り気《ぎ》味《み》だが、妻の方は完《かん》全《ぜん》に太っていた。依子と並《なら》んで立つと、印《いん》象《しよう》だけでは、倍《ばい》もあるという感《かん》じだ。
 丸《まる》いメガネをかけていて、顔も丸いので、どことなく愛《あい》敬《きよう》はある。しかし、なぜか依子は、この奥さんが、苦《にが》手《て》であった。
 理《り》由《ゆう》はよく分らない。ともかく、一《いつ》緒《しよ》にいると、何となく疲《つか》れるのである。
 そうおしゃべりでもなく、人の悪《わる》口《ぐち》を聞かせるわけでもないのだが、それでも、どこか疲れる。
 いわば、波《は》長《ちよう》が合わないとでもいうのだろうか……。
 この人と、町まで一《いつ》緒《しよ》だと気が重《おも》いな、と依子は思った。特《とく》に今は、河村のことで胸《むね》の中にモヤモヤしたものがあるので、余《よ》計《けい》だった。
 仕方ない。どうせ、向《むこ》うへ着《つ》けば別《べつ》々《べつ》なのだから……。
「先生はよろしいですね、スマートで」
 と、河村の妻《つま》が言った。
「はあ」
「私なんかL《エル》サイズでしょ。このセーターも、好《す》きな色《いろ》じゃないんですよ。でも、この色しかLがなくて」
 確《たし》かに、ちょっと変《かわ》った草色で、あまり趣《しゆ》味《み》のいい色とはいえなかった。
「あら、珍《めずら》しい」
 と、河村の妻《つま》が言った。「時間通りに来たわ」
 バスがやって来るのが見えた。依子はホッとした。
 バスが停《とま》ると、二人は前の方の乗《じよう》車《しや》口《ぐち》から入った。
「さあ、先生、そこへ座《すわ》りましょうよ」
 と、河村の妻に言われて、依子は並《なら》んで座ることになった。
 中はガラガラなのだから、本当は、別《べつ》々《べつ》に座りたかったのだが、こうなると仕《し》方《かた》ない。
 降《お》りる方の口で、年《とし》寄《よ》りが手間取《ど》っていてバスはまだ停っていた。
 乗車口はもう閉《と》じていたが、窓《まど》から外《そと》へ目を向《む》けた依子は、誰《だれ》かが走って来るのに目を止めた。
「誰か来るわ」
 と、言うと、河村の妻《つま》も目をそっちへ向《む》けたが、
「まあ」
 と、声を出した。
 不《ふ》愉《ゆ》快《かい》そうな言い方で、依子はびっくりした。
 それは、十五、六の女の子だった。スラリとして、背《せ》は依子と同じぐらいありそうだ。
 バスの乗《じよう》車《しや》口《ぐち》がもう一度開《ひら》いて、その少女が乗って来た。
 ジャンパーにジーパンという、男の子のようなスタイルだった。髪《かみ》も短く切《き》って、全《ぜん》体《たい》にボーイッシュである。
 少女は、依子たちのわきを通って、後ろの方の座《ざ》席《せき》へついた。
 バスがガタゴト揺《ゆ》れながら、走り出す。
 少女は、依子にも、河村の妻にも、全く目を向けなかったが、それは、別《べつ》にわざと目をそむけているのではなく、無《む》視《し》してかかっている感《かん》じだった。
「——先生、気を付《つ》けて下さい」
 と、河村の妻《つま》が、少し低い声で言った。
「何をですか?」
「今、乗《の》って来た娘《むすめ》がいるでしょう」
「ええ。あの女の子が、どうかしたんですの?」
「泥《どろ》棒《ぼう》なんです」
 依子は目を見《み》張《は》った。河村の妻は、顔をしかめて、
「ともかく、小さいころから、人の物《もの》を盗《ぬす》むくせのある子《こ》供《ども》で、何度も捕《つか》まってるんですよ。——今でも良《よ》くなっていなくて、たぶん町へ出て、スリでもしてるんじゃないかと、みんな言ってますわ」
「まあ……」
 依子は、そっと振《ふ》り向《む》いて、一番後ろの座《ざ》席《せき》に座っている女の子を見た。
「ともかく用心なさって下さい。お財《さい》布《ふ》をすられないように」
「気を付けますわ」
 と、依子は言った。
 少しバスが揺《ゆ》れるのに身《み》を任《まか》せていた依子だったが、ふと思い付《つ》いて、
「でも——やはり町に住《す》んでいる人でしょう?」
「え?」
「あの、後ろの女の子です」
「ええ——そりゃあ、まあ一《いち》応《おう》町の人間ということになってるんですよ」
 河村の妻《つま》は、曖《あい》昧《まい》に言った。
「でも、私《わたし》、見かけたことがありません。町のどこら辺《へん》に、お家があるんですの?」
「町といっても、町外《はず》れです。書《しよ》類《るい》の上で町の人、というだけなんですよ」
 それにしても、買《かい》物《もの》とか、その他《ほか》、色《いろ》々《いろ》用《よう》事《じ》もあろう。依子は、郵《ゆう》便《びん》局《きよく》 などへは、年中行っているが、そこでも顔を見たことがないというのは、妙《みよう》な気がした。
「今日は久《ひさ》しぶりに主《しゆ》人《じん》もお休みでして」
 と、河村の妻《つま》が言った。「ぐっすり眠《ねむ》っていますわ」
 話は、他《ほか》のことに移《うつ》った。
 
 その町は、依子がいつも買《かい》物《もの》や、映《えい》画《が》などを見に出るのとは別《べつ》の町だった。
 珍《めずら》しいので、依子は、町の賑《にぎ》やかな通りを少しぶらついて、それから買物をしたり、時間を過《すご》した。
 河村の妻は、買物をするから、とスーパーへ直《ちよつ》行《こう》して行った。あの少女は、バスから降《お》りると、どこかへアッという間に見えなくなった。
 依子は、ちょっと小ぎれいなレストランに入ってみた。
 日曜日とはいえ、大都《と》会《かい》のように、レストランが満《まん》席《せき》で、順《じゆん》番《ばん》待《ま》ちということはない。
 これでも混《こ》んでる方なのかも……。
 値《ね》段《だん》もずいぶん安《やす》い。依子は、無《ぶ》難《なん》にハンバーグのセットメニューを頼《たの》んだ。
「コーヒーは先にお持《も》ちしますか」
「そうね。お願《ねが》い」
 と、依子は肯《うなず》いた。
 熱《あつ》いおしぼりで手を拭《ふ》く。ついでに——あまりお行《ぎよう》儀《ぎ》は良くないが、顔を軽《かる》く拭《ぬぐ》った。
 そして、ふと見ると、あの少女が、店の中を横《よこ》切《ぎ》っていた。
 偶《ぐう》然《ぜん》、顔を見ていなければ、気《き》付《づ》かないところだ。
 少女は、ウェイトレスの制《せい》服《ふく》を着《き》ていたのである。
 依子は、食事が来ると、ゆっくり食べながら、少女の働《はたら》きぶりを見ていた。
 特《とく》別《べつ》に仕《し》事《ごと》熱《ねつ》心《しん》というわけではないにせよ、ちゃんと働いている。それも、昨日《 き の う》今日《 き よ う》、始《はじ》めたというのではない。
 注《ちゆう》文《もん》を聞いても、その場《ば》ではメモせず、ちゃんと憶《おぼ》えているし、配《くば》るときには、誰《だれ》が何を頼《たの》んだか、ほとんど頭に入っているようだった。
 かなり、長いことこの店で働いている、という印《いん》象《しよう》を、依子は受《う》けた。
 食《しよく》事《じ》を終《お》え、依子は、
「すみません、コーヒーをもう一杯《ぱい》」
 と、声をかけた。
「はい」
 コーヒーポットを手に、注《つ》ぎに来たのは、あの少女だった。テーブルの所《ところ》まで来て、やっと気《き》付《づ》いたらしい。
「あ——」
 と、思わず声を出した。
「バスで一《いつ》緒《しよ》だったわね」
 と、依子が言うと、少女の方は素《す》早《ばや》く目をそらした。
 カップを持《も》ち上げると、ゆっくりコーヒーを注ぐ。
「あなた——町のどの辺《へん》に住《す》んでるの? 私《わたし》、見かけたことがないから」
 少女は、ちょっと表《ひよう》 情《じよう》を固《かた》くして、カップを、依子の前に置《お》いた。
「どうぞ」
「私《わたし》はね——」
「知ってるわ」
 と、少女は、依子の言《こと》葉《ば》を遮《さえぎ》った。「小学校の先生でしょ」
「ええ、そう。中込依子っていうの。お名前、聞かせてくれる?」
「関《かん》係《けい》ないでしょ」
 と、少女は突《つ》っぱねた。
「でも、あれだけ町にいて、全《ぜん》然《ぜん》知らない人がいるなんて、何だかいやだもの」
 少女の唇《くちびる》が、ちょっと震《ふる》えた。
「一人は知ってるでしょ」
「え?」
「お葬《そう》式《しき》に行ったはずだわ」
 ——刺《さ》された女のことだ、と、依子は思った。
「あの人を知ってるの?」
「もちろんよ」
「あの人——どうなったの? けがしてたんじゃない?」
 少女が、キッと依子をにらんだ。依子が思わず後ずさろうとするほどの、鋭《するど》い視《し》線《せん》だった。
「こっちが訊《き》きたいわよ!」
 少女は、投《な》げつけるように言って、店の奥《おく》の方へと戻《もど》って行った。
 依子は、呆《ぼう》然《ぜん》として、それを見《み》送《おく》っていた……。
 ——そのレストランを出ると、依子は、しばらく迷《まよ》ってから、近くの商《しよう》店《てん》に入った。
 病《びよう》院《いん》の場《ば》所《しよ》を訊《き》くためである。
 金山医《い》師《し》が、あの刺《さ》された女を送った、と言ったのが、この町の病院だったのだ。
 病院はすぐに分った。
「一番この町では大きな病院ですから」
 と、訊いた店の主《しゆ》人《じん》は言った。
「他《ほか》に、大きな病院って、あります?」
 と、依子は訊いてみた。
「いや、他《ほか》はみんな個《こ》人《じん》の先生ばかりですよ」
「どうも」
 礼《れい》を言って、外《そと》へ出る。——この道を真《まつ》直《す》ぐに、十分ほどの所《ところ》らしい。
 病《びよう》院《いん》は、すぐに分った。
 しかし、大きいといっても、東京辺《あた》りなら、ちょっと大きな個人病院、くらいの規《き》模《ぼ》だろう。
 中へ入ると、それでも、やはり日曜日のせいもあるのか、患《かん》者《じや》が多い。個人の医《い》者《しや》が、休んでいるのかもしれない。
〈入院〉という窓《まど》口《ぐち》へ行って、
「すみません」
 と声をかけてみた。
 
 最《さい》終《しゆう》のバスは、九時二十分だった。
 これには間に合うように帰るはずだ。——依子は腕《うで》時計を見た。
 七時半だった。
 最《さい》悪《あく》の場《ば》合《あい》は、一時間半も待《ま》たなくてはならない。しかし、帰ってしまう気には、なれなかった。
 ここまでやって来たのだ。何一つ、明らかにできずに帰るのでは、依子としても気が済《す》まなかった。
 仕《し》方《かた》ない。待《ま》とう。
 そう決《けつ》心《しん》して、ともかく、小さな喫《きつ》茶《さ》店《てん》に入った。レストランは、今、一番忙《いそが》しい時間だろう。
 まだ出て来られないに違《ちが》いない。早くても八時。——依子はそう思っていた。
 八時になったら、バス停《てい》まで行って、待っていよう。
 苦《にが》いコーヒーを一口だけ飲《の》んで諦《あきら》め、ぼんやりと店の中を眺《なが》める。
 薄《うす》暗《ぐら》くて、客《きやく》が入るのかしらと心《しん》配《ぱい》になるような店だ。
 カウンターの後ろに、古ぼけた鏡《かがみ》がかけてある。店の窓《まど》越《ご》しに、外《そと》の風《ふう》景《けい》が映《うつ》っていた。
 その中に——河村の妻《つま》の顔が、一《いつ》瞬《しゆん》覗《のぞ》いた。
 依子はハッとして、振《ふ》り向《む》いた。誰《だれ》かが、スッと姿《すがた》を消《け》した。
 あれは?——錯《さつ》覚《かく》だろうか?
 もう一度、鏡《かがみ》を眺《なが》める。
 いや、確《たし》かに見えたような気がする。そして、今、チラッと視《し》界《かい》をかすめた人《ひと》影《かげ》も、どこか、河村の妻《つま》を思わせた。
「セーターだわ」
 と呟《つぶや》く。
 間《ま》違《ちが》いない。セーターの色が、あの、河村の妻がこぼしていた色だった!
 依子は、ふと寒《さむ》気《け》を覚えた。河村の妻が、この店を覗《のぞ》いたのは、偶《ぐう》然《ぜん》だったのだろうか?
 いや、おそらくそうではない。河村の妻は、自分を尾《び》行《こう》していたのではないか。
 気《き》付《づ》かなかったし、そんなことを考えもしなかったが、ずっと後を尾《つ》けて来ていたのではないだろうか。
 ——依子がそう思うのも、あの病《びよう》院《いん》で、話を聞いたからだった。
 つまり、あの刺《さ》された女と思われる患《かん》者《じや》は、全《まつた》く受《う》け入れていない、ということだったのである。
 
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