魔女たちのたそがれ05

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 4 葬《そう》儀《ぎ》の刃《やいば》

 
「ここのカレーはなかなかですよ」
〈カレー専《せん》門《もん》店《てん》〉と看《かん》板《ばん》の出た、病《びよう》院《いん》のすぐ近くの店に津田を案《あん》内《ない》すると、その刑《けい》事《じ》は言った。
 こんな町へ来てカレーを食おうとは思わなかったな、と津田は思った。
 しかし、実《じつ》際《さい》、食べてみると、びっくりするほど旨《うま》い。これは参《まい》った、と思った。
 カレーを食べながら、その刑事は、
「私は県《けん》警《けい》の警《けい》部《ぶ》で、小《こ》西《にし》といいます」
 と、自《じ》己《こ》紹《しよう》介《かい》した。
「津田です」
 と言ってから、「警部さんですって?」
 思わず訊《き》き返《かえ》していた。
 県《けん》警《けい》で警《けい》部《ぶ》といえば、相《そう》当《とう》の地《ち》位《い》だということは、津田も知っていた。
 道理で、落《お》ちついているわけだ。しかし……。
「警部さんが、わざわざおいでになったのは、何か理《り》由《ゆう》でも?」
 と、津田は訊《き》いた。
「実《じつ》はあるのです」
 小西は肯《うなず》いた。「県警の方でも、あの町に、何か起《おこ》っているらしい、ということは分っていたのですよ。ところが、どうにも実《じつ》態《たい》がつかめない。——最《さい》初《しよ》は、ちょっとした噂《うわさ》 話《ばなし》でした。ところが、その内《うち》に——」
 小西は少し声を低くした。
「行《ゆく》方《え》不明の者《もの》が何人も出ている、という情《じよう》報《ほう》が入って来た。それではこっちとしても放《ほう》っておけない。しかし、確《かく》たる証《しよう》拠《こ》や犯《はん》罪《ざい》の事《じ》実《じつ》もないのに、乗《の》り込《こ》んで行くには、少々人手も不《ふ》足《そく》していましてね」
「そうでしたか……」
 と、津田は肯《うなず》いた。
「あの中込さんのことを聞いて、これは、あの町の事《じ》情《じよう》を知る手がかりになる、と思い、私が自分で来ることにしたのです」
 小西は淡《たん》々《たん》と語っていた。「——あなたが来られたのは、どういう事情だったんです?」
 津田は、依子の電話のことから始《はじ》めて、順《じゆん》序《じよ》立てて説《せつ》明《めい》した。
「なるほど」
 と、小西は肯いた。「どうやら、あなたは、恐《おそ》るべき幸《こう》運《うん》に恵《めぐ》まれましたね。中込さんを救《すく》うことができたのですから」
 津田は、初《はじ》めて、それに気《き》付《づ》いた。
「——コーヒーでもいかがです?」
 と、小西はのんびりと言った。
「そうですね」
 津田は、何となく、この、ちっともいかめしくない警《けい》部《ぶ》に、親《しん》近《きん》感《かん》すら覚《おぼ》えていた。
 こちらはあまり感《かん》心《しん》しない味《あじ》のコーヒーを飲《の》みながら、津田は言った。
「彼《かの》女《じよ》は、『殺《ころ》される』と言いました。——しかも、さっきの話のように、『みんなの死《し》』とも言っています。一体、何が起《おこ》ったんでしょう?」
「さあ、それは分りません」
 小西は首《くび》を振《ふ》った。「幸い、中込さんは、冷静な観《かん》察《さつ》者《しや》です。もっと、公《こう》平《へい》な目で見た事《じ》件《けん》の全《ぜん》貌《ぼう》を語ってくれるでしょう」
「しかし……」
 と言いかけて、津田は苦《く》笑《しよう》した。「話を聞くのが、ちょっと怖《こわ》いんですよ、正《しよう》直《じき》に言って」
「分ります」
 小西は静《しず》かに肯《うなず》いた。「一つ確《たし》かなことは——」
「え?」
「それが、すでに終《おわ》ってしまった、ということです」
 
「角田栄子は、捜《そう》索《さく》を始《はじ》めて三日目の朝、死《し》体《たい》で発《はつ》見《けん》されました」
 と、依子は言った。「誰《だれ》かが、首を絞《し》めて殺《ころ》したのです。暴《ぼう》行《こう》の形《けい》跡《せき》はありませんでした」
「その事《じ》件《けん》は聞いています」
 と、小西が肯《うなず》く。
「——栄子ちゃんの両親の嘆《なげ》きは、本当に、見ていられないくらいでした。私も教《きよう》師《し》として、責《せき》任《にん》の一《いち》部《ぶ》を負《お》わなくてはならない、と思いました。そして、葬《そう》儀《ぎ》の日は、朝から冷《つめ》たい雨で、まるでもう冬が来たかと思うような日でした……」
 
 依子は、焼《しよう》香《こう》を済《す》ませると、外《そと》へ出た。
 角田家は広いので、中で座《すわ》っていられる場《ば》所《しよ》もあったのだが、両親の顔と、正《しよう》面《めん》の写《しや》真《しん》の中で微《ほほ》笑《え》んでいる栄子の顔を見ている勇《ゆう》気《き》がなかったのだ。
 外へ出て、雨の中に立っている方が、まだ良《よ》かった。
 傘《かさ》をさして、外《そと》に出ると、町のほとんどの人々が、集《あつ》まっていた。焼《しよう》香《こう》の列《れつ》は、延《えん》々《えん》と続《つづ》いている。
 読《ど》経《きよう》の声。香の匂《にお》い。
 重《おも》苦《くる》しい時間が過《す》ぎて行った。——予《よ》定《てい》を一時間以《い》上《じよう》ものばして、焼香が続いたので、さすがに出《しゆつ》棺《かん》を待《ま》っていた人々も、少しずつ帰り始《はじ》め、やっと焼香 客《きやく》の列が終《おわ》りに近づいたときには、半分ほどに減《へ》っていた。
 依子も、長く立っていて、指《ゆび》先《さき》が、かじかんで来た。
 ちょっと腹《はら》立《だ》たしかったのは、水谷が、焼香を済《す》ませて、さっさと帰ってしまったことだった。——人さまざまだから、仕《し》方《かた》ない、と自分へ言い聞かせる。
「先生」
 と声をかけられ、振《ふ》り向《む》くと、駐《ちゆう》在《ざい》所《しよ》の河村である。
「河村さん——」
「ご苦労さまです。出《しゆつ》棺《かん》までおられますか」
「ええ」
「全《まつた》くむごいことだ」
 と、河村は首を振《ふ》った。
「犯《はん》人《にん》の手がかりは?」
 と、依子は訊《き》いた。
「何人か、浮《うか》んではいるのですが、なかなか決《き》め手がなくて……」
 河村の返《へん》事《じ》は、何だか用《よう》意《い》されたもの、という印《いん》象《しよう》を、依子は受けた。
 実《じつ》際《さい》は、何かつかんでいるのかもしれない。ただ、部《ぶ》外《がい》者《しや》には話せない、ということなのだろう。
「ともかく、早く捕《つか》まってほしいですね」
 と、依子は言った。「他の生《せい》徒《と》たちにも、同じ危《き》険《けん》があるわけですから」
「同《どう》感《かん》です。——いや、先生の努《ど》力《りよく》には感《かん》服《ぷく》しますよ。お若《わか》いのに、しっかりしていらっしゃる」
「とんでもない」
 と、依子は言った。
 自分に油《ゆ》断《だん》はなかったか?——あのあと、何度そう自分へ問《と》いかけたことだろう。
 都《と》会《かい》でも、こんな小さな町でも、同じ危険が、子《こ》供《ども》たちを待《ま》ち受《う》けているのに、自分は、至《いた》ってのんびりと、放《ほう》っておいたのではないか。
 帰り道の注《ちゆう》意《い》や、身を守《まも》るための知《ち》恵《え》を、子供たちに教えるのを、怠《おこた》ったのではないか……。
 そう思うと、たまらなかった。
 不《ふ》意《い》に、その場《ば》の雰《ふん》囲《い》気《き》が一《いつ》変《ぺん》した。それは、特《とく》別《べつ》注意していたわけでもない依子が、ハッとするほどの急《きゆう》激《げき》な変《へん》化《か》だった。
 一人の女が、やって来たのだ。
 黒いスーツ、手に数《じゆ》珠《ず》をかけた、見たところ、特に変ったところもない、四十代の女《じよ》性《せい》だ。少し、生《せい》活《かつ》に疲《つか》れたようなところも見えた。
 ただ、奇《き》妙《みよう》なのは——もしこの町の人間だとすると、一年間も住《す》んでいるのに、依子は見たことがない、ということ、そしてもう一つ、今、その女を見る、町の人々の目の冷《ひ》ややかさだった。
 いや、それはほとんど、敵《てき》意《い》ともいえるものだった。
 女は、焼《しよう》香《こう》のために、中へ入って行った。——町の人々がざわつく。
 声をひそめて、話し合っている。
 依子は、河村の方へ、そっと、
「今の人は、どなたですか?」
 と訊《き》いてみた。
 しかし、河村の目は、その女の後を追《お》っていて、依子の問《と》いには、ちょっと肩《かた》をすくめて、
「この町の者《もの》じゃないんですよ」
 と言っただけだった。
 その言い方は、いやに冷ややかで、ちょっと依子は驚《おどろ》いた。そんな言い方をする河村を、初《はじ》めて見た。
 もう少し、何か訊いてみようと思ったのだが、河村は、
「失《しつ》礼《れい》」
 と、足早に、家の中へ入って行ってしまった。
 ややあって、あの女が出て来た。
 町の人々は、今《こん》度《ど》は女を無《む》視《し》していた。女が、門のわきに立って、傘《かさ》を広げた。
 出《しゆつ》棺《かん》も間もなくだろう。——依子は、そっと周《しゆう》囲《い》を見回した。
 町の人々は、どこか冷《つめ》たい仮《か》面《めん》をかぶったように見えた。それは、ほんのわずかの、微《び》妙《みよう》な変《へん》化《か》だったが、依子には、はっきりと感《かん》じられた。
 突《とつ》然《ぜん》、見知らぬ人々の真《まん》中《なか》へ放《ほう》り出されたような、そんな気《き》持《もち》だった……。
 依子は、その女を見た。——哀《かな》しげな目だった。顔にも、表《ひよう》情《じよう》というか、生《せい》気《き》がない。
 ふと、視《し》線《せん》を感じたのか、その女が、依子を見た。
 依子は、その、哀しげな目から、視線をそらすことができなかった。
 女の顔には、「諦《あきら》め」だけがあった。
 町の人々のことを、見ようともしない。
 声もかけられないことを、ちゃんと知っているのだ。そして、その境《きよう》遇《ぐう》に甘《あま》んじている。
 町の人間ではない、と河村は言ったが、それでは、なぜここへ来ているのか。
「出《しゆつ》棺《かん》でございます」
 と声がして、全《ぜん》員《いん》の目が、その方へ向《む》いた。
 ——小さな棺が、出て来る。
 涙《なみだ》があちこちで湧《わ》いた。雨の音さえ、打《う》ち消《け》すようだった。
 霊《れい》柩《きゆう》車《しや》の中へ納《おさ》められると、角田と、その妻《つま》が、参《さん》列《れつ》者《しや》の前に立って、短《みじか》く、挨《あい》拶《さつ》をした。
 ほとんど声にならない挨拶だった。
 角田は、深《ふか》々《ぶか》と頭を下げた。——傘《かさ》もなく、雨に濡《ぬ》れている。
 河村が、なぜか、角田の少し後ろに立っていた。
 町の人々が引き上げかけた。——依子は、あの女のことが、何となく気になって、その場《ば》に立っていた。あの女も、行こうかどうしようかと、迷《まよ》っている様《よう》子《す》だ。
 角田が、その女を見た。女と目が合った。
 そして——依子が、目を疑《うたが》うような出《で》来《き》事《ごと》が、起《おこ》ったのである。
 しかし、見たものは間《ま》違《ちが》いようもない現《げん》実《じつ》だった。角田が、黒い上《うわ》衣《ぎ》の内《うち》側《がわ》へ手を入れると、銀《ぎん》色《いろ》に光る短《たん》刀《とう》を取《と》り出した。
 そして、あの女の方へと大《おお》股《また》に歩いて行くと、いきなり、短刀を女の腹《はら》へと突《つ》き立てた。
 依子は目を見《み》張《は》った。刃は、たっぷり十センチ以《い》上《じよう》、女の体に呑《の》み込《こ》まれていた。
 女の手から、傘《かさ》が水たまりに逆《さか》さに落《お》ちる。女は、大きく目を見《み》開《ひら》いて、崩《くず》れるように倒《たお》れかけた。
 そのとき、河村が素《す》早《ばや》く飛《と》び出して女を支《ささ》えた。同時に、周《しゆう》囲《い》にいた二、三人の男が、女を両《りよう》側《がわ》からかかえるようにして、家の方へと運《はこ》んで行く。
 女をそっちへ任《まか》せて、河村は、角田の腕《うで》を取った。河村と角田が、家の中へ入って行った。
 角田の妻《つま》が、それを追《お》って家の中へ消《き》える。
 ——総《すべ》ては、ほんの何 秒《びよう》かの出《で》来《き》事《ごと》だった。
 我《われ》に返《かえ》った依子は、町の人々が、何も気《き》付《づ》かなかったのか、家へと戻《もど》って行くのを、見《み》送《おく》っていた。
 あれは——あれは現《げん》実《じつ》だったのか?
 間《ま》違《ちが》いない。あの女の傘《かさ》が、雨の中に、落《お》ちている。
 角田が、あの女を刺《さ》したのだ!
 なぜ? なぜなのか?
 あの女が、栄子を殺《ころ》したとでもいうのだろうか?——それ以《い》外《がい》には、考えられない。
 依子は、後が気がかりではあったが、ともかく、一《いつ》旦《たん》引《ひ》き上げることにした。
「何てこと……」
 歩きながら、思わず呟《つぶや》いていた。
 たとえ犯《はん》人《にん》があの女だとしても、刺《さ》してしまうなんて! しかも、あの傷《きず》は、下《へ》手《た》をすれば命《いのち》取《と》りだろう。
 ともかく——河村が、あそこにいたのだから……。
 だが、どうも妙《みよう》だった。
 依子は、初《はじ》めて思い付《つ》いた。河村は、角田があの女を刺すのを見ても、手を出さなかった。突《とつ》然《ぜん》で、どうにもできなかったのかもしれない。
 しかし、女が倒《たお》れかかったとき、素《す》早《ばや》く支《ささ》えた、あの行《こう》動《どう》は? まるで、待《ま》っていたようだった。
 そして、すぐに女を中へ運《はこ》んだ手《て》際《ぎわ》の良《よ》さ……。
 まさか!——考えすぎだ。
 依子は、冷《つめ》たい雨の中、下《げ》宿《しゆく》へと、足を早めていた。逃《に》げているかのように……。
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