キャンパスは深夜営業22

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22 可愛い女子大生

 
 ひたすら真《ま》面《じ》目《め》に職務を果して来た人間ほど、裏切られた時のショックは大きいものである。
 もちろん、泥棒たちの親分として、組織を率いて来た知香は、その辺の心理をよく理解している。だから米田警部にも、充分に気をつかって、
「落ちついて聞いてね」
 と、優しく肩に手までかけて——もっとも、良二ににらまれて、すぐ離したのだが——やったのだった。
 さらに、
「人間、真面目にやってれば、たとえ一時的に誤解されることはあっても、きっといつかは、みんな分ってくれるものよ」
 と、元泥棒としては少々妙な慰め方もしたのである。
 しかし、いきなりそう言われても、米田が面食らうばかりだったのも当然で、かつ知香の話を、笑って真に受けなかったのも、また当然のことだった……。
 米田の顔色が変ったのは、ポータブルのラジオが、やっとニュースの時間になってからである。
 映画とかTVドラマの中だと、特にサスペンス物の場合、いつでもラジオやTVはちょうどニュースの時間になっているが、現実にはなかなかそううまくニュースをやってくれるものではない。
 知香も、米田に「米田自身に関する」ニュースを聞かせるまで、一時間以上、演歌だのアイドルのポップスを聞いていなくてはならなかったのだ……。
「——米田警部は大学教授夫人、平田千代子さんが殺害された事件で、容疑がかけられていることを、金山に知らせて謝礼を受け取ったのではないか、との観測が有力です」
 と、アナウンサーは言っていた。「しかし、金山が自殺、何らかの形で、米田のことを告発したので、米田としては逃亡せざるを得なくなったもの、と当局では見ています」
 ニュースを聞きながら、米田の口は、段々開きつつあった。
「ね、落ちついて」
 と、知香が言ったのも、およそ耳に入っていないようである。
「現職警官が、殺人事件のもみ消しを図り、逃亡するという前《ぜん》代《だい》未《み》聞《もん》の不祥事に、警察庁では頭を痛めており——」
「俺《おれ》の方がよっぽど頭が痛い」
 と、米田が割合にまともな言葉を吐いた。
「——本日付で、米田警部を免職にすることを決めました。では次のニュース……」
 カチッとスイッチを押してラジオを消すと知香は、
「元気出して。人生、長い間にはこんなこともあるわよ」
 と、慰めた。
 泥棒が刑事を慰める、というのも、何だか妙な光景ではある。
 しかし、米田は意外にさばさばした表情で、
「ふん、免職か!」
 と、肩をすくめ、「気楽でいいや。どうせそろそろ辞めたいと思ってたんだ」
「そうよ。その調子」
「全く、馬鹿にしてる。いくら真面目に働いても、ろくに出世もできん。月給は少なく、休みも少なく、上役の文句だけは多い」
「そうそう」
「誰が、そんな所で働いてやるか! 頼まれたって、断る!」
「その意気!」
「見ていろ! 今に警視総監が、俺の前に両手をついて、『俺が悪かった! どうか戻って来てくれ!』と詫《わ》びるんだ。その時、目の前で、持って来た菓子をけとばしてやる」
「その調子!」
「見てろ! 俺は……俺は……」
 とたんに米田の顔が歪《ゆが》んで、「情ない! 何のために俺は……」
 と、泣き出してしまう。
 やれやれ、と知香は、良二と和也の二人の方を見て、首を振ったのだった……。
 
「結局ね」
 と、知香は言った。「鍵《かぎ》は安部先生にあるのよ」
「同感」
 と、紀子が肯《うなず》く。「どう考えたって、あの金山先生と平田千代子が関係あったなんて、思えない」
「でも、警察はどう思ってるんだ」
 と、和也が言った。
 もちろん、良二も一緒に、学生食堂で昼食を取っているところである。
 良二も別に指名手配されたわけでもなし、こうして食堂へやって来たのだが。
「どうしたもんかな」
 と、良二は首を振って、「平田千代子のことも、例の笠間って連中のことも……。頭が痛いな」
 頭は痛くても、食欲には何の変化もないらしい。
 知香も、ランチをきれいにたいらげて、
「でもね、私、却《かえ》っていい機会だと思う」
「いい機会?」
「もし、平田先生が、奥さん殺しを笠間に依頼したとしたら、その証拠さえあがれば、笠間をその罪で潰《つぶ》せるんですもの」
「なるほど。殺人犯は見付かるし。——一石二鳥か」
 と、良二が感心している。
「そのためにはどうすればいいか、考えるのよ」
「しかし、もう殺人は金山先生のやったこと、って決めつけてるしな」
 と、和也が言った。
「それを引っくり返すの」
 と、知香は少し声を低くした。「いい? 一《いつ》旦《たん》しずまっちゃった水面を波立てるには、誰かがかき回すしかないのよ」
「誰が?」
 と、訊いた良二を、知香がじっと見つめる。
「——おい、僕が?」
「そう。平田千代子が本当は誰とホテルにいたか、知っているのはあなただけよ」
「君だって知ってる」
「馬鹿ね。平田先生が、そう思ってる、ってことじゃないの」
「そりゃまあ……」
「先生としては、あなたにしゃべられては困るはずよ。もちろん普通ならしゃべらないでしょ。かかわり合うのがいやだってね。でも、良二がギャンブル狂で、お金がほしいと思ってたら——」
「僕はギャンブルなんて嫌いだ」
「分ってるって。平田先生に、そう思わせるの。そして、黙っているから、金をよこせって」
「じゃ、まるで恐喝じゃないか?」
「そうよ。恐喝だもん」
 と、知香は肯いた。
「いやだよ、僕はそんなことするの」
 と、良二は言い張った。「今まで真面目な人生を歩いて来たのに……」
「オーバーねえ」
 と、紀子が呆《あき》れて言った。「犯人を引っかける手じゃないの」
「分ってるけど……」
「いやなものを、夫に無理にはやらせないわ、私」
 と、知香が言ったので、良二はホッとして、
「そうだよ。何でも無理はよくない」
「私がやるわ」
 良二は、目をパチクリさせて、
「何をやるんだ」
「私が平田先生を誘惑して、白状させるわ」
 良二が目をむいた。
「ゆ、誘惑するってね、君——」
「だって、仕方ないじゃないの。もしかしたら成り行きで平田先生に抱かれることになるかも——」
「だめだよ、そんなの!」
 紀子が面白がって、
「じゃ、久保山君が抱かれたら?」
「よせやい。そんな趣味ないぜ」
 と、良二はため息をついて、「分ったよ。——僕が平田先生をゆすりゃいいんだな」
「やってくれる? さすがは私の夫」
 と、知香がニッコリ笑って、良二はへへへと頭をかいたりする。
「しまんねえ奴《やつ》」
 と、和也が呟《つぶや》いたが、なに、自分だって紀子に、
「これ、和也の好物でしょ。ハイ、アーンして」
 なんて食べさせてもらったりしているのだから、えらそうなことを言えたもんじゃないのだ。
「紀子の方にも、やってほしいことがあるのよ」
 と、知香は言った。「安部先生の方を頼むわ」
「安部先生を誘惑するの?」
「おい——」
 と、今度は和也が青くなる。
「安部先生と平田先生が組んでるのは、まず間違いないと思うのよね。その証拠を何とかして手に入れたいの」
「だけど」
 と、良二が言った。「安部先生の部屋に、平田千代子がいた時、『あなたはどっちの味方なのよ』って怒ってたじゃないか」
「そう。——あれがよく分らないのよ」
 と、知香は考え込んだ。「平田千代子の方は、何も知らされていなかったのかもしれないわね」
「私、何とか考えてみるわ」
 と、紀子が言った。
「誘惑するのはやめろよ」
 と、和也が念を押す。
「はいはい」
 と、紀子は笑いをかみ殺した。「——ほら、噂《うわさ》をすれば」
 安部が食堂へ入って来て、空席を捜している様子。
「呼ぶ?」
 と、紀子が言った。
「待って」
 と、知香が止める。「見て」
 安部の後から、男が二人入って来た。一人は平田だ。
「平田先生! 奥さん亡くしたばっかりなのに——」
 と、紀子が呆れたように言った。
「シッ、聞こえるぜ」
 と、和也があわてて言った。
 確かに、紀子の声は大きいのである。
「もう一人は誰だろう?」
 と、良二は言った。
「知らない顔ね」
 安部が、どうやら席を見付けて、平田と、もう一人の男を案内して行く。
 良二たちとは大《だい》分《ぶ》離れたテーブルへついてしまった。
「どこかの重役ってタイプだね」
 と、紀子が分ったような口をきく。
「そうね。着てるものもいいし」
 知香の方はさすがに商売(?)を感じさせる発言である。「——ちょっと、そばへ行ってくるわ」
「危なくないか?」
「危ないのはもともとでしょ」
 と、知香は立ち上ってから、「そうだ、良二も来て」
「僕も? でも平田先生がいるよ」
「だから都合いいんじゃないの! さ、早く!」
 知香は、良二の手を引張って、テーブルの間を足早に進んで行く。
「——いや、とてもいい敷地ですよ」
 と、重役風の男が言っているのが耳に入った。
「お話し中、すみません」
 と、知香が声をかけた。
「やあ、若林君か」
 と、安部が笑顔で言った。
「お仕事のお話なんでしょ。すみません。また出直します」
「いや、いいよ。何だい?」
「あの……」
 と、知香は少し照れて見せ、「私、今度、久保山君と結婚することになったんです」
「ほう」
 安部は、ややオーバーに驚いて、「そりゃおめでとう。いや、やっぱり可愛い子というのは、みんな、放っておかないものだな」
 と、笑った。
 平田は良二を見て、ちょっとギクリとしたが、すぐに素知らぬ顔に戻った。
「あ、平田先生」
 と、知香は、初めて気付いたように、「すみません、気が付かなくて。奥様のこと、本当にお気の毒でした」
「いや……。ありがとう」
 と、平田は目を伏せて見せる。
「すみません、こんなお話をしたりして。安部先生に、ぜひ式に出て、一《ひと》言《こと》お願いしたいと思ったものですから」
「いや、そりゃ嬉《うれ》しいね。喜んでやらせてもらうよ。日取りが決まったら、早目に知らせてくれたまえ」
「はい! ありがとうございます」
 と、知香は頭を下げた。「お邪魔してすみませんでした」
「いやいや。良かったら、一緒に座らないか?」
「でも——」
「構わないよ。実はね、こちらの方はN建設の常務さんだ」
 なるほど、N建設といえば、誰でも名前を知っている大手だ。その常務なら、「重役風」でも当り前である。
「——常務の柳《やな》井《い》です」
 と、そつなく挨《あい》拶《さつ》する。
「初めまして。——わあ、凄《すご》い! ね、久保山君、ほら、売り込んどいたら? 就職の時、プラスになるかもしれないわよ」
 知香の言葉を聞いて、柳井という常務、愉快そうに笑った。
 良二は、いかにも「明るい女子大生」をみごとに演じている知香に、すっかり舌を巻いていた。
 俺、きっと一生知香の尻《しり》に敷かれるんだろうな、と良二は思った。——それは、でもなかなか悪くない予想でもあった……。
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