キャンパスは深夜営業07

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7 旅立ち

 
「まず第一の問題は」
 と、若林知香は言った。「小泉君をどうするか、なのよね」
「そうか」
 久保山良二は肯《うなず》いて、「あいつも知ってるんだ、君のことを」
「そう。私とあなたが姿を消したと知ったら、私の部下たち、また小泉君の所へ行くでしょうね」
「拷《ごう》問《もん》されるかな?」
「馬鹿言わないで」
 と、知香は少々憮《ぶ》然《ぜん》とした表情で、「いくら落ちぶれても、私の部下に、そんな真似をする奴はいないわ」
「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
 と、良二はあわてて言った。
 知香は、ため息をついて、
「私こそ」
 と、首を振った。「もう、泥棒の親分じゃなくなったのに、つい、気分が抜けきらないのね」
「その内には忘れるさ。夢でも見てたみたいにね」
「ありがとう……。優しいのね。——大好きよ」
 知香は、良二にすばやくキスした。
「さて……。何だっけ?」
「小泉君のこと」
「あ、そうか」
 ポーッとなって、忘れてしまっているのである。
「何も知らせないのが一番だけどね」
 と、知香は言った。「でも、心配することは間違いないし」
「一応、友だちだからね」
 と、良二は言った。「——ねえ、やっぱりあいつには知らせておこう。どんなことで連絡を取る必要ができるか分らないからね」
「それはそうね。じゃ、あなたから話してくれる?」
「うん。それに、もう一つ、便利な点があるしね」
「なあに?」
「あいつ、車の運転ができるんだ。僕は免許持ってないし、君もだろ?」
「ええ……」
「何かの時には、あいつを使えばいい」
「運転手じゃないの、まるで」
「そうさ。構やしない。友だちだからな」
 向うがどう思うかはともかく、良二の方は、その理屈で行くことにした。
「じゃ、引越しも手伝ってもらえるかしら」
「引越し? ——ああ、そうだね」
「車なら、毛布とか運ぶのに便利だわ」
「もちろん、利用できるさ。ここに取りに来させよう」
「サービス、いいわね」
「しかも無料だ」
 良二と知香は一緒に笑った。そして——キスした。
「——笑いごとじゃないのにね」
 と、知香が囁《ささや》くように言った。
「そうだね」
「でも笑いたくなるの。幸せだから」
「僕もだよ……」
 二人はもう一度、唇を合わせた。
 
「お前が晩飯おごるなんて!」
 と、小泉和也は言った。「話がうま過ぎると思ったんだ」
「なあ、協力してくれよ。友だちだろ?」
 と、良二は和也の肩をつかんだ。
「馴《な》れ馴れしく、さわるな。俺にはそういう趣味はないんだ」
 と言いつつ、和也は、せっせとマーボ豆腐を食べている。
「食ってるってことは、頼みを聞いてくれる、ってことだな」
「待て」
 と、和也は言った。「これは、この間、こちらの彼女に脅された分の償《つぐな》いだ」
「ごめんなさいね。仕方なかったのよ」
 良二と知香も、一緒に食べていたのは言うまでもない。
「おい、——お前、男らしくないぞ。いつまでもこんな女の子のことを恨んでるなんて」
「うるさい——この後の料理は?」
「よく食う奴《やつ》だな」
 と、良二は呆《あき》れて、「ギョーザと春巻だ」
「よし」
 と、和也は肯いて、「それが、お前の頼みを聞く分だ」
 知香がニッコリ笑って、
「いいお友だちね」
「へへ……」
 と、和也は少々照れた。「だけどユニークなこと考えたな。大学に住み込むとは」
「うん。ただ、問題はどこがいいか、考えつかないってことなんだ」
 と、良二は言った。「お前、何かアイデアないか?」
「そうだなあ。——ご飯、おかわり!」
 と、茶碗を出して、「腹が一杯になったら、何か思い付くかもしれない」
「変な奴だな」
 と、良二は笑った。
 ともかく、安心した三人は、食べることに専念した。大学生三人が、一心に食べれば、相当の量になることは間違いない。
「——よく食った!」
 と、和也は目を丸くして、息をついた。
「いくらでもいいわよ」
 と、知香が言った。
 実は、今夜は知香のおごりなのである。
「——まず条件を出して、それから考えるんだ」
 と、和也が言った。「第一の条件は?」
「見付からない所だ」
「そうだ。となると、ガードマンの回る道筋をよく調べておく必要がある」
「あ、そうか」
「私に任せて」
 と、知香が言った。「商売柄、そういうこと調べるの、得意よ」
「あ、そうか。泥棒にとっても第一の条件だもんな」
「おい! 大きな声でそんなこと言うんじゃないよ!」
「や、すまん」
 と、和也は自分で頭をコツンと叩《たた》いた。「第二の条件は出入りが簡単なことだな。いざ見付かった時、逃げられる道があること」
「正解」
 と、知香が肯いて、「あなた、きっといい泥棒になれたわ」
 と、声を低くして言った。
「僕もそう思う」
 と、和也は得たり、という顔。「それから、やはり、湯を沸かすぐらいのことは必要だろ?」
「そ、そうだな……。自動販売機はあちこちにあるけど」
「ガスかそれとも電気が来ている所だ。ま、電気の方が無難だな」
「寒くなったら、アンカぐらい入れなきゃいけないものね」
「食事は、何食わぬ顔して学食を利用すればいい、と……。しかし、二人とも、講義はどうするんだ?」
 二人は顔を見合わせた。
「そこまで考えてなかったよ」
「そうか。しかし、出てないとまずいだろう。欠席なのに食堂にくるってのは」
「出ましょうよ」
 と、知香は言った。「私、聞きたい講義もあるし」
「だけど——」
「大丈夫よ。私の部下だって、まさか姿を消して大学の講義を聞きに来てるなんて、思わないわ」
「そりゃそうだ」
 と、和也が楽しげに笑って、「そんなこと、誰も思い付かないよ」
 良二は肩をすくめて、
「他に何かあるかな、条件?」
「そうねえ。トイレの近い所とか……」
「そんなうまい場所、あるか?」
 和也は、しばらく考え込んでいた。
 そして、やおらウエイトレスを呼ぶと、
「あのね、アイスクリーム一つ」
 と注文した。
「まだ食べるのか?」
「思い付いた報酬だ。安いもんだろ?」
「いい場所を?——本当か?」
「何なら、これから下見に行くか」
 良二と知香は、一瞬、顔を見合わせたが、
「そんな時間ないわ」
 と、知香が即座に言った。「今夜の内《うち》に、移りたいの」
「よし。じゃ、取りあえずそこで我慢しろ。またいい所を思い付いたら、引越しゃいい」
 良二は肯いて、
「敷金と権利金はいいのか?」
 と、言った。
 
「——これでいいわ」
 と、知香は、両手にスーツケースを下げて、マンションの中を見回した。
「じゃ、行こうか。僕が持つよ」
「うん」
 良二は、知香の手からスーツケースを受け取ると、
「和也の奴の車、もう来てるかな」
「時間的には充分でしょ」
「何しろ免許取りたてだもん。不安だよ」
「ええと……。私、この毛布をかかえて行くから」
「鍵《かぎ》、かけてくんだろ?」
「そうね。いくら泥棒の家でも、泥棒に入られたくないから」
「何だか変だな」
 と、良二は笑った。「さ、行こうか」
 玄関のドアを開けて、知香は立ちすくんでしまった。
 目の前に立っていたのは——。
「宍戸さん——」
「お嬢さん。どちらかへお出かけですか」
 と、宍戸が言った。
「ちょっとそこまで」
 と、知香は、開き直った様子で、肯く。
「そこに立ってるのは、幽霊ですか?」
 と、宍戸は良二を見て、「足がついてるようですが」
「ええ。これから二人で天国へ行こうと思ってるの。付合う?」
「お嬢さん——」
 宍戸は中へ入って来ると、後ろ手にドアを閉めた。
「言いたいことは分ってるわよ」
 と、知香は肩をすくめて「だけど、私、この人が好きなんだもん。しょうがないでしょ」
「お気持はお察しします」
 と、宍戸はポケットへ手を入れて、「しかし、掟《おきて》は掟です。ボス自らが決まりを破られたんじゃ、しめしがつきません」
「もう、どうでもいいの」
 知香は、宍戸をにらみながら、「私、この人と逃げるんだから!」
「どこへです? どこへ隠れたって、すぐ見付かりますよ」
「その時は心中するわ」
 宍戸は、ため息をついて、
「お嬢さん。——今は時期が悪いですぜ。例の笠《かさ》間《ま》の奴が、本格的に攻勢をかけて来る、って情報も入って来てます」
「どうなろうと知ったこっちゃないわ」
 と、知香は首を振って、「あなたが好きなようにやってよ」
「いや、やっぱり若林の名が大切です。その名前の重みが、お嬢さんには、よく分っておられるはずだ」
「分ってるから、逃げ出したいのよ! この人と新しくやり直すの」
「そう!」
 と、良二が肯《うなず》く。
「——そこまで決心を?」
「そうよ」
 知香が良二の腕をしっかりと握った。ちょっと強すぎて、痛いくらいだった。
「分りました」
 宍戸が肯くと、ポケットから手を出した。
 拳《けん》銃《じゆう》が握られている。
「——私を撃つの?」
「いや、その青二才です」
「僕は一八歳です」
 と、良二は言った。
「やめて。私を撃ってよ」
「どっちも撃たないでくれた方がいいけど……」
 と、良二は素直に言った。「でも、君、一緒に撃たれると——」
「構わないの」
「お嬢さん。どいて下さい」
「そうだよ」
 と、良二は、知香の肩をつかんで、「君は、その人の後ろに行っていた方がいいよ」
「だって——」
 知香の目が、宍戸の後ろへ行く。——靴箱の上に、花びんがのっている。
「そう? じゃ、言われる通りにするわ」
「うん。二人とも死ぬことはない」
「やっと分っていただけましたか」
 宍戸がホッとしたように、「——おい、若いの」
「僕は久保山というんです」
「一発でしとめてやるからな」
 宍戸の後ろに回った知香は、花びんを手に取ると、頭上高く振り上げて、力一杯、宍戸の頭へと振りおろした。
 花びんもかなり丈夫だったとみえて、ゴーン、という音はしたが、割れなかった。
 宍戸は、ドサッと引っくり返った。
「——死んだ?」
 と、良二は訊《き》いた。
「大丈夫よ。この人、石頭だから」
 知香は、花びんを元の位置へ戻して、「さ、今の内に早く!」
 良二は、和也の車が来ていますように、と祈りながら、知香と一緒にマンションを後にしたのだった……。
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