キャンパスは深夜営業13

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13 人質は一人

 
「おミソ汁は?」
 と、知香が訊《き》く。
「うん、もう一杯もらおうかな」
 と、良二は、お椀《わん》を空にして、「旨い! 僕は大体、ミソ汁って、そう好きじゃなかったんだ。でも君のは本当においしい」
「そう? あんまり賞《ほ》められると、却《かえ》って、皮肉言われてるみたい」
「何言ってんだよ」
「ご飯も、良かったらお代りして」
「うん、これ、食べちゃうから……。あ、和也の奴《やつ》だ」
 屋根裏部屋の上げ戸をトン、トン、と叩《たた》く音。叩き方を決めておいたので、和也と、すぐに分る。
 和也の方も、初めの内は、下から石を投げたり、大声で呼んだりしていたのだが、投げた石が、落ちて来て自分の頭に当ったり、大声で呼んでも二人が全然目を覚まさなかったり、ということがあって、今は長い棒を用意しておいて、その先で、天井をつつくことにしていた。
 良二が、上げ戸を開け、はしごをおろしてやる。——和也が、よっこらしょ、と上って来て、
「おい、良二、悪いんだけどさ」
 と、言いかけると、
「お邪魔しまあす」
 と、和也に続いて、はしごを上って来たのは、小西紀子だった。
「あれ! おい、和也、お前——」
「ごめん! 彼女に問い詰められちゃってさあ」
 と、和也が両手を合わせる。
「小泉君を怒らないで。私、生命にかえても秘密を守るから!」
「いいわよ」
 と、知香が笑って、「紀子なら、大丈夫。歓迎するわ」
「手みやげに、手製のクッキー持って来てやった! ——わあ、凄い!」
 初めて、屋根裏部屋の中を見回した紀子は、唖《あ》然《ぜん》とした……。
 ——若林知香と久保山良二の「屋根裏生活」も、もう三週間になって、後から後からの改良で、大《だい》分《ぶ》住いらしい体裁を整えていた。
 ファンシーケースはもちろん、組立て式の食器棚、本棚から、テーブルと椅《い》子《す》、それに、二人が寝る場所は、薄いカーテンで囲ってあった。
 加えて、カセット式のコンロで、前述の通り、ミソ汁も作れれば、お湯も沸かせるようになっていたのだ。
「屋根裏に隠れてる、って言うから、もっと惨《みじ》めな生活してんのかと思ったわ。——これなら、私のアパートよりよっぽどましじゃない!」
「座ってよ。椅子は二つしかないけど、そこの箱にでも」
 と、知香は笑って言った。「コーヒー、飲むでしょ。——これ食べちゃうまで、待っててくれる?」
「ごゆっくり」
 紀子は、楽しげに、天井を眺めて、「ロマンチックねえ! 星を見て寝るわけか」
「強い雨が降ると、洩《も》るんだよ」
 と、良二が言った。「今度、何とかしようと思ってる」
「すっかり新婚家庭ね。——でも、その机とか椅子は、どうしたの?」
「これも組立て式。バラしてないと運んで来れないからね」
「俺も散々手伝わされた」
 と、和也が言った。
「いいだろ。いつも昼飯、おごってやってるじゃないか」
「いばるな。昼飯ったって、百五十円の定食だぞ」
「——ともかく、今のところは無事ね」
 知香は、食事が済むと、手早くテーブルの上を片付けて、コーヒーをいれた。
「ほう。本格的、コーヒーカップか」
 と、和也が言った。
「やっぱり紙コップじゃ、おいしくないもんね。——はい、紀子」
「サンキュー。いいねえ。その内、一部屋貸してよ」
「アパートやってんじゃないわよ」
 と、知香は笑って言った。
「ところで……。知香、どう、安部先生の手伝いは?」
「うん、どうってことないよ」
 知香は肩をすくめて、「安部先生の秘書の凄《すご》いおばさんと、やたら電話かけたり、手紙のタイプしたりするだけ」
「払いはどう?」
「そのおかげで、ここまで部屋らしくなったのよ」
「なるほどね」
 紀子は肯《うなず》いて、改めて周囲を見回し、「凄い!」
 と、感嘆の声を上げた。
「——どうなんだい、学部長選挙の見通しは?」
 と、良二は言った。
「今のところ、金山教授の方が優勢らしいわね。安部先生も、一応、金山教授を応援してるし」
 と、紀子は言った。「でも、このままじゃ終らない、と見てるんだ、私は」
「どうして?」
 と、知香が興味深げに訊く。
「平田教授がおとなし過ぎるの。却って無気味なのよ。大体、平田教授は策士で知られてる人なんだから」
「へえ」
 良二は、ゆっくりとコーヒーを飲んで、「しかし、あの奥さん、あんまり幸せそうじゃなかったな……」
 それに、知香と二人で、安部の研究室の前で立ち聞きした時、平田千代子は、
「約束が違うじゃないの!」
 と、怒っていた。
「あなたは、どっちの味方なのよ」
 とも——。
 ということは、平田千代子と安部の間は、うまく行っていない、と見るべきだろう。
「きっと、平田教授、何かウルトラCを隠してるのよ」
 と、紀子は肯いて見せた。
「——あ、そうだ。これ、夕刊」
 と、和也が、新聞を渡す。
「ありがとう」
 知香が、新聞代を小銭で払った。「——ここ、TVがないのが不便でね」
「ぜいたく言ってら」
 と、和也は笑った。「いいじゃないか、却って静かだ」
「ねえ! 本当にすてき」
 紀子はすっかり感激の態《てい》である。
「あんまり足音たてられないから、スリッパを買って来ようと思ってるんだ。ねえ? ——おい、どうしたんだ、知香?」
 知香が、やや青ざめて、固い表情になっていた。
「何でもないの」
「見せろよ」
 知香が、黙って、社会面を開いて渡す。
〈前科二十犯の怪盗殺さる——仲間割れか〉
 という見出し。
「これ……。君の……?」
 知香が黙って肯く。
 あの宍戸という男とは違っていたが、やはり泥棒のプロらしい。
「君の言ってた、笠間って奴の仕業かな」
「もちろんよ。——宍戸たちは、たとえ仲間割れしたって、殺したりしないわ」
 良二は、知香が、自分と闘っているのを、見守っていることしかできなかった。
 泥棒の仲間は捨てて、良二との暮しを選んだのは知香自身だが、やはり、かつての部下が殺されたとなると、心中穏《おだ》やかではいられないのだろう。
「——俺たち、引き上げよう」
 と、和也が、紀子を促《うなが》した。
「そうね。じゃ、知香。また明日」
「うん」
 ——二人が下りて行き、上げ戸を閉じると、
「気になるんだろ?」
 と、良二は言った。
「そうね……。でも、私はもう、親分でも何でもないもん」
「それでいいのかい?」
「いいのよ」
 知香は迷いを振り捨てるように、良二に抱きついて来た。
 
「真直ぐ帰るのかい?」
 と、キャンパスの中を歩きながら、和也が言った。
「どうでもいいけど……。もう夜よ」
「分ってるけどさ」
 紀子は、ちょっといたずらっぽく笑って、
「少しなら、お付合いしてもいい。夜通しはだめだけど」
「よし! じゃ、ともかく、どこかへ出ようぜ」
 和也がスキップしながら言った。
 と——いきなり目の前に、ヌッと誰かが立ちはだかって、
「ワァッ!」
 和也は飛び上りそうになった。
「お前だな」
 と、その男は言った。「お嬢さんの恋人と仲の良かった奴は」
「あ、あの……宍戸さん、でしたっけ」
「そうだ。よく憶《おぼ》えててくれたな」
「どういたしまして」
 と、和也は笑顔を作って、「あの——一度見たら忘れられない、怖い——いえ、印象深い顔ですから、はい」
「お前の友だちは、どこにいる」
 と、宍戸は言った。
「あの——良二のことですか? あいつ、ここんとこ、ずっとさぼってて……。しょうがない奴なんです。全く」
「いないのは知ってる。どこへ逃げた?」
「それは——」
「あらゆる駅や、ホテルを張らせた。深夜バスから、ヒッチハイクのトラックまで。——しかし、どこでもあの二人を見たって話はない。どこかにかくまってるんじゃないだろうな」
「ま、まさか」
「お前の所にいないのも分ってる。どこにいる?」
「知りません」
「そうか」
「本当ですよ……」
 宍戸が、ぐいと和也の胸ぐらをつかむ。凄い力だ。和也は息が苦しくなって、目を白黒させた。
「いいか。——のんびりしてる暇はねえんだよ、こっちには。どこにいてもいい。三日以内に、連れて来い!」
「連れて、ったって……」
「もし、連れて来ない時は——」
 宍戸が手を離すと、和也がドサッと地面に尻《しり》もちをつく。
 宍戸は、いつの間にかナイフを手にしていた。その刃が……紀子の鼻先に突きつけられる。
「あ、あの……私、関係ないんですけど」
 と、紀子が震える声で言った。
「たまたまここにいたのが、不運だった」
「そうですね」
「三日以内に、こいつがお嬢さんと、あの若いのを連れて来なかったら——」
「ど、どうしようってんだよ」
 と、和也が言った。
「この娘は生きてないぞ」
 と、言うなり、宍戸は、紀子を、ヒョイとかつぎ上げた。
「お、下ろしてよ!」
「騒ぐな!」
 ナイフが、目の前に。——紀子も、おとなしくせざるを得なかった。
「じゃ、まあ、頑張って捜せ」
 宍戸が、のっそりと消えて行く。——和也は、メガネをかけ直して、
「大変だ!」
 と、改めて青くなったのだった。
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