上杉謙信61

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 殺地のいのち

 
 
 重厚な敵の前列が、徐々と——しかし狂瀾《きようらん》の相《そう》を示しながら——いわゆる武者押しというジリジリ詰めに迫って来ると、いずれからともなく一方の陣列からわあっと声いっぱい叫ぶ。彼方もそれに応じてわあっと喚《わめ》く。
 わああっ……わああっ。
 喚きつつ、叫びつつ、歩一歩と、相互のあいだは双方から歩みつめる。この陣寄《じんよ》せ状態は容易に次の展開を示さない。まったく、一歩出ては、わあっと叫喚し、半歩ニジリ出しては、わああっ、と叫号する。
 脚で敵へ寄って行くというよりは、有らん限りな声の力で敵へ迫って行く。そういったほうが正しいくらい声を嗄《か》らし合うのである。
 いや、緒戦の勇気をふるい出すには、張上げる声だけではまだ足らないので、最前列のうしろでは、このとき激しく太鼓を打鳴らすのであった。太鼓の打方にも法があって、打つ者自身、天地に祷りをこめるくらいな気魄と、撥《ばち》に死力をこめて打つのでなければ、味方の武者たちの足なみを、一歩一歩、敵へ向って押遣ることはできないといわれている。
 こういうと、いかにもみな緒戦に怯《ひる》んでいるようで、当時の荒武者らしくないようであるが、どれほど場数を踏んだ豪の者でも、戦場へ臨んで、初めて敵の影を見、初めて陣寄せを押しあう刹那ばかりは、何度経験しても、
 ——正直《しようじき》、怖いものだ。
 とは真の勇士もみないうところである。
 これはもっと後年の人物であるが、東軍流の三宅軍兵衛が人に語ったという直話を誌《しる》した或る古書にも、軍兵衛の述懐《じゆつかい》として、戦陣に臨むおそろしさをこんなふうに述べている。
(——敵も槍ぶすま、味方も槍ぶすま、にじり足に詰《つめ》あひ候ふて、たがひに声ばかり数十度も交し、やがては、押太鼓も耳には聞えず、わが声も人のもわかたず、眼くらみ、槍もつ手は硬《こは》ばり、身心地も候はず、一瞬、天地も真つ暗に覚えられ候ふ時、はや敵の顔も、そこにありあり見え申しながら、なほ敵の列よりも一歩も出る者なく、味方の列も槍の穂ばかりそろへ候ふて一足も駆け出る者はなく、こゝは千仭《せんじん》の谷間か、虚空かとばかり、足もすくみ、心神くらめき候ふとき、誰ともわかず、何の某《なにがし》と名のりざま、一番にをどり出てむらがる敵の中へ、体当りに突き入る者こそあれと覚ゆる一刹那より、初めて、われも忘るゝこゝちと共に、その勇者に励まされて、敵の中へ続いて駆け入るにて候ふなり。故に、一番駆けの巧名こそ、あだおろそかには獲られぬものなり。武辺巧者のものとて、成し易からず、日ごろ勇力ありとて、その場にのぞみては、凡《およ》そはひとしきものにて、おのれなども幾たび戦場を踏みても、初手《しよて》ばかりは、身の慄へを如何ともとどめ難くおぼえ候ふ)
 軍兵衛ほどな武者でもこういっているのである。後のこのはなしは、大坂夏冬の陣に、松平家の陣場借りをして、勇戦したときの体験を訊かれて人に語ったものであるが、おそらく彼といわず、大坂陣のときといわず、合戦の始めというものは、こうもあったかと思われる。
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