【すさまじきもの】 ~第二十三段(二)

(二)

 児(ちご)の乳母(めのと)の、ただあからさまにとて出でぬるほど、とかく慰めて、「とく来(こ)」と言ひやりたるに、「今宵(こよひ)は、え参るまじ」とて返しおこせたるは、すさまじきのみならず、いとにくくわりなし。女迎ふる男、まいていかならむ。待つ人ある所に夜すこし更けて忍びやかに門たたけば、胸すこしつぶれて、人出だして問はするに、あらぬよしなき者の、名のりして来たるも、返す返すもすさまじと言ふはおろかなり。 
 
 験者(げんざ)の、物の怪(け)調ずとて、いみじうしたり顔に、独鈷(とこ)や数珠(ずず)など持たせ、蝉(せみ)の声しぼり出だして読みゐたれど、いささかさりげもなく、護法もつかねば、集りゐ念じたるに、男も女もあやしと思ふに、時(じ)のかはるまで読み困(こう)じて、「さらにつかず。立ちね」とて、数珠取り返して、「あな、いと験なしや」とうち言ひて、額より上(かみ)ざまにさくり上げ、欠伸(あくび)おのれよりうちして、寄り臥しぬる。
 
 いみじうねぶたしと思ふに、いとしもおぼえぬ人の、押し起こして、せめてもの言ふこそ、いみじうすさまじけれ。
 
(現代語訳)
 
 赤ん坊の乳母が、ほんのちょっとと言って出かけた間、赤ん坊をあれこれあやして、乳母に「早く帰ってきなさい」と言ってやったところが、「今夜はどうしても参上できません」と返事があったときは、がっかりするだけでなく、ほんとうに憎らしく困ってしまう。これが乳母ではなく、愛する女を迎えにやった男だったら、ましてどうであろうか。待っている人があるところに夜が少し更けて、こっそり門をたたくので、胸が少しどきどきして、人を出して尋ねさせると、別の関係ない男が名乗ってきた場合も、ひどく興ざめだと言っても言い足りない。
 
 修験者が物の怪を調伏するといって、たいそう得意顔で独鈷や数珠などを持たせて、蝉の鳴くような声を絞り出して経を読んでいたが、いっこうに物の怪を調伏する気配もなく、護法童子もつかないので、家の者が集まり座って念じていたのが、男も女も変だなと思っていると、修験者は時が変わるまで読み続けて疲れきってしまい、「いっこうに護法童子がつかない。立ってしまえ」と言って、数珠を取り返し、「ああ、まったく験(しるし)がない」と言って、額の髪をなで上げ、あくびをして物に寄りかかって寝てしまったのは興ざめだ。
 
 とても眠たく思っているときに、それほどにも思っていない人が揺り起こして、無理に話しかけるのは、ひどく興ざめだ。
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