【頭の中将の】~第八十二段(二)

(二)

 いみじく憎みたまふに、いかなる文ならむと思へど、ただ今急ぎ見るべきにもあらねば、「往ね。今聞こえむ」とて、ふところに引き入れて入りぬ。なほ人の物言ふ聞きなどする、すなはち立ち帰り来て、「『さらば、そのありつる御文を賜はりて来(こ)』となむ仰せらるる。とくとく」と言ふが、あやしう、いせの物語なりやとて見れば、青き薄様(うすやう)に、いと清げに書きたまへり。心ときめきしつるさまにもあらざりけり。
 
 蘭(らん) 省ノ 花ノ 時 錦 帳ノ 下
 
と書きて、「末はいかに、いかに」とあるを、いかにかはすべからむ、御前(ごぜん)おはしまさば、御覧ぜさすべきを、これが末を知り顔に、たどたどしき真名(まんな)に書きたらむも、いと見苦しと、思ひまはすほどもなく、責め惑はせば、ただその奥に、炭櫃に消えたる炭のあるして、
 
 草の庵(いほり)をたれかたづねむ
 
と書きつけて、取らせつれど、また返りごとも言はず。
 
(現代語訳)
 
 とても憎んでおられるはずなのに、どんな手紙なのだろうと思うが、今すぐに急いで見るほどでもないから、「行ってください。すぐお返事を申し上げます」と言って、手紙をふところに入れて中に入った。そのまま女房たちが話しているのを聞いたりしていると、主殿司がすぐに引き返してきて、「『それなら、さっきのお手紙をいただいて来い』とおっしゃっています。お返事を早く早く」と言うが、どうもおかしいので、伊勢の物語なのかなと思い、見ると、青い薄手の紙に、とてもきれいに書いていらっしゃる。どんな文かと胸がときめいたが、それほどのものではなかった。
 
 蘭省の花の時錦帳の下
と書いて、「この後の句はどうか、どうだったか」とあるのを、どうしたらよいだろう、中宮様がいらっしゃれば御覧に入れることもできるのに、この下の句を知ったかぶりに、おぼつかない漢字で書いたら、さぞ見苦しいと思うが、思案するひまもなくしきりにせきたてるので、ただその手紙のあとに、炭櫃に火が消えた炭があるのを使い、
 草の庵をたれかたづねむ
と書きつけて渡したが、頭の中将から再びの返事はない。
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