【虫は】 ~第四十一段

 虫は 鈴虫。ひぐらし。蝶(てふ)。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。螢。 

 蓑(みの)虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似て、これも恐ろしき心あらむとて、親の、あやしき衣ひき着せて、「今、秋風吹かむをりぞ来むとする。待てよ」と言ひ置きて逃げて去(い)にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月(はづき)ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。 
 
 額(ぬか)づき虫、またあはれなり。さる心地に道心おこして、つきありくらむよ。思ひかけず暗き所などに、ほとめきありきたるこそをかしけれ。 
 
 蠅(はへ)こそにくきもののうちに入れつべく、愛敬(あいぎやう)なきものはあれ。人々しう、敵(かたき)などにすべき大きさにはあらねど、秋など、ただよろづの物にゐ、顔などに濡れ足してゐるなどよ。人の名につきたる、いとうとまし。 
 
 夏虫、いとをかしうらうたげなり。火近う取り寄せて物語など見るに、草子の上などに飛びありく、いとをかし。蟻(あり)は、いとにくけれど、軽(かろ)びいみじうて、水の上などを、ただ歩みに歩みありくこそ、をかしけれ。
  
(現代語訳)
 
 虫で趣があるのは、松虫。ひぐらし。蝶。鈴虫。こおろぎ。きりぎりす。われから。かげろう。蛍。
 蓑虫。これはとてもかわいそうだ。鬼が生んだので、親に似て、この子も恐ろしい心があるだろうとして、親がみすぼらしい着物を着せて、「もうすぐ秋風が吹くので、そのころに来よう。待っていなさい」と言って置いて逃げていったのも知らず、秋風を聞いて、八月ころになると、「ちちよ、ちちよ」と心細げに鳴くのは、ほんとうにかわいそうだ。
 
 米つき虫も、またけなげだ。そのような小さな虫でありながら求道心を起こして、額を地面につけながら歩き回っているのだろう。思いがけず暗い所などで、ことこと音を立てて歩き回っているのはおもしろい。
 
 蝿こそは憎らしいものの中に入れるべきで、かわいげがないものだ。人並みに相手にすべきほどの大きさではないが、秋など、やたらといろいろなものにとまり、顔などに濡れた足でとまったりすることよ。人の名に、蝿という字がついているのは、とても気味が悪い。
 
 夏虫は、とてもおもしろくかわいらしい。灯火を近くに引き寄せて物語などを見るときに、本の上などに飛び回るのは、たいそう風情がある。蟻はたいへん憎らしいが、身の軽さがばつぐんで、水の上などをひたすら歩き回るのがおもしろい。
 
(注)きりぎりす ・・・ 今のこおろぎ。はたおりが今のきりぎりす。
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