「川岸」

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 はじめは何なのか分からなかった。不思議な感覚だった。車から降り立った瞬間、ほんのかすかに甘く柔らかなものに、体全体がつつまれた。夫も同じように感じたのか、私の方を目を丸くして振り向いた。

 二人で「何だろう。これ」ときょろきょろと、辺りを見渡した。「もしかして、桜の香り?」と顔を見合わせた。川岸の土手の向こうまで見渡す限りの、満開の桜である。どこまでも続いている。数年前、職場の人たちと桜談義になった時に、知る人ぞ知るという場所を教えてもらった。二、三日してたまたま、休みが重なった平日の午後、「こんな機会もないから、二人で行ってみよう」と夫が言い出した。
 北上の展勝地のように川沿いに何百メートルもの桜を、初めて見た時、こんなに素晴らしいところが、知る人が少ないのがむしろ嬉(うれ)しかった。静かな、視界の開けたところにこれほどたくさんの桜が、いっせいに風に揺れる姿。これ以上のものはなかった。
 そして、今年。失業中の私を、連れ出してくれた。三年ぶりだった。私は生まれて初めて、桜の香りというものを、経験した。それは、本当に驚きの一言だった。最初に来た時は、ただただ、花の美しさに見とれてはしゃいでいたから、全く気がつかなかった。今年は、晴れていたせいだからだろうかとも思った。土手の反対側は広々とした一面のまだ何も植えられていない畑で、桜の周りに灯籠も、屋台も何もないからこそ、香りが分かったのだった。
 桜の香りを知っている人は、多くはないのではと思う。樹齢何百年ともなれば違うのだろうか。本当にかすかな匂いだから、何千本と咲いていないとわからないだろうし、人の集まる名所では無理だろう。桜の香りを感じられたことは、とてつもなく大きなことだった。土手の下にずっと一列に水仙も植えられていて、この場所を慈しんでいる、地元の人達の気持ちが伝わってきた。
 それぞれ好きに桜の下を歩きながら、夫のことを思い始めた。べたべたされるのが、嫌いでたまに腕を組んで歩きたくても、絶対にしない。じっと目を見つめられるのも苦手な人だ。そんなあっさりした夫と結婚して本当に良かったと思えるようになったのは、一緒に暮らし始めて十年以上も経(た)ってからだ。
 喧嘩(けんか)も大きいのから小さいのまで、何度となくしてきた。子供の前でいさかいをしたことがない両親に育てられた夫には耐えられないことだったろうと、思う。温和な夫との口論の原因はたいてい私だった。離婚を真剣に考えたこともあった。それを踏みとどまったのは、縁あって出会い、家族をもって暮らしてきたことを否定したくなかったからだ。
 友人の中に、夫婦喧嘩を全くしたことがないという人がいた。よっぽど、奥さんが偉いのだと思う。夫を始めとして、自分が悪いと分かっていても、先に謝るなどということはたいていの人はできないのを、いつもたてて、譲ってあげているのだろう。私には最近になって、ようやく分かってきたことだ。
 結婚したての頃、万年新婚みたいにいつも仲良く新鮮でいるつもりだった。しかし、好きで結婚した後は、悪いところが目につくようになって、最悪の状態に陥った時もあった。私達にはそのようなことが波のように起こってきた。嫌になったから、すぐ別れてしまっていたら、何人と結婚しても同じであろう。
 大変なこと、辛(つら)いことを一緒に乗り越えて、苦労を共にして家庭を守る努力、忍耐をしてきたからこそ、理解し合い、本当の夫婦になれたのだと思った。
 専業主婦を何年かやっていた時、昔の友人達が外で活躍する様子に、悩んでいた。夫は「お母さんはたぶん、働いている方が楽なんだろうに。それなのに、家や子供たちを守ってくれてありがとう」と言ってくれたことに救われていた。病気がちになった時も愚痴ひとつこぼさず、私達をずっと守ってくれた。
 夫の本当の良さ、力強さが分かるのに、何年もかかってしまった。一緒に歩いてきて良かった。そんなことが、桜の香りに包まれている間、思い起こされて今この瞬間、ここにいることに深く感謝した。
 夫はと、目をやると、桜の木を見上げている私を土手の上から写真に撮っていた。何とまた、珍しいことだ。香りに、同じように酔ってしまったのか。二人ともいつもとは、違う自分だった。どうか、この場所がいつまでも、花と土手と畑と空だけの静寂な気品のある場所であってほしいと願った。
 「これからは毎年来ようね」と、腕を取ったらいつものように軽く振り払われた。魔法は消えていた。でも、来年はどんな思いに出会えるだろうか。香りがかすかに残る帰りの車内で、何も言わず、ただ川岸の桜の果てまで見つめていた。
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