四国高铁 前景黯淡

昨春の北陸に続き、この春は北海道が歓声に包まれた。新幹線の開業は、挙げてお祝いすべき慶事だが、さて四国の人々も同じ気分だろうか。四国には新幹線がない。

 
继去年春天的北陆地区之后,北海道在这个春天也被欢声笑语所笼罩。新干线的开业是值得全民欢庆的喜事,那么四国人也是同样的心情吗?在四国地区,是没有新干线的。
 
「北海道と本州、九州がつながり四国だけ取り残された。残念です」。四国の大手企業が名を連ねる四国経済連合会の専務理事、石原俊輔さん(59)は言う。新幹線を呼び込む運動の財界側実務をになう。最近も金沢駅を視察し、新幹線効果を実感した。
 
“新干线将北海道、本州、九州连接了起来,但唯有四国没有。真是非常遗憾”,四国地区的大企业联名成立的四国经济合作会的常务理事石原俊辅先生(59岁)如斯说到。他在引进新干线运动中负责财务方面的工作。他最近视察了金泽站,实际感受了新干线的效果。
 
予測では四国計400万人の人口が30年後には300万人に減る。「1県分の人口が消える。在来線だけではもう公共交通が維持できない。新幹線なしでは人の波が絶えてしまう」。
 
根据预测,四国总计400万的人口将在30年后减到300万。他说,“一个县的人口将会消失。依靠原有线路已经无法维系公共交通了。如果没有新干线,那么人流就会绝迹。”
 
列島改造のむかし、新幹線の構想は長短十数路線あった。東北や上越、九州は実現したが、四国や山陰などは手つかずのまま40年が過ぎた。
 
在以前改造列岛的时候,构思的新干线线路长长短短有十多条。虽然东北、上越、九州地区通了新干线,但四国和山阴地区的新干线还存在于纸面,就这样40年过去了。
 
「我田引鉄」という言葉がある。政治家が地元エゴで路線を引き直させ、駅を置かせることを指す。古くは元首相の原敬が有名だ。地元岩手や近隣県に無理やり鉄道を敷いた。新幹線延伸の時代になっても「この駅は某議員のツルの一声」「あの路線は某大臣のおかげ」といった話をよく聞く。
 
有个词叫“我田引铁”。政治家因为地区利己主义而让线路重新设计,并指定设立站点。在以前,前首相原敬非常有名。他强行在他的老家岩手和附近的县铺设了铁路。即便到了新干线延伸的时代,也还经常听到“这个车站是某位议员力争而来”;“那条线路是某位大臣的功劳”之类的故事。
 
いまでも新幹線という事業は、「引鉄」合戦の産物なのだろうか。そうだとしたら、四国新幹線への道のりはあまり平坦(へいたん)に見えない。現に参院では高知と徳島が合区され、議員が1人減らされる。この合区も山陰と同時である。東京と地方の格差は広がる一方だが、地方と地方の格差もかなり深刻である。
 
那么现在的新干线事业也是“引进铁路”大战的产物吗?如果是这样,那么四国地区铺设新干线的道路充满着险阻。现在的参议院中,由于高知地区和德岛地区合并,议员减少了一位。而山阴地区同时也进行了合并。东京和地方的差距越来越大的同时,地区与地区之间的差距也非常严峻。
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