「雪の日の記憶」

私がまだ小さかったころ。自転車にうまく乗れたことに有頂天になり、大きな国道の向こうにある友達のマンションまで一人で遊びに行ったことがある。親は共働きで、誰にも言わず出かけた。

季節は冬。友達と二人、夢中になって遊んでいると、いつのまにか日が暮れ、門限もとっくに過ぎていた。
「お母さんに怒られる!」
慌てて飛び出したものの、真っ暗な道は分からない。夜の国道はまぶしいライトが飛び交い恐ろしかった。自転車の弱いライトを頼りに、行きはビューンと下った坂道を、ヨロヨロと上った。
やっと見知った通学路まで戻った時に、このへんでは珍しい雪が降り始めた。タイヤが滑り、転んで涙が出た。声を殺して泣き、かじかむ手で自転車を押した。門限破りの言い訳も頭から消え去り、長い長い時間、歩き続けた気がした。
とうとう家の前までたどりついた時、父も母も、祖母も祖父も庭に集まっていた。
雪をかぶった私は、母に飛びついて、おおーんと大声で泣いた。母は「ばか、ばか」と小さい声で泣き、抱きしめてくれた。
普段は甘やかすこともなく、どちらかと言うとクールな子育てをしていた母。雪の中を迷い帰ったこの夜と、大好きだった祖母が亡くなった朝の2回だけ、私をぎゅうう、と抱きしめてくれた。20年経った今も、腕の強さと小さな声を忘れられない。
母と同じく働くママになった私は、あの時「ばか、ばか」と呟いた母の気持ちが痛いほどわかるようになった。お調子者で向こう見ずな娘も「ばか」だし、仕事で家を空けていた自分自身も「ばか」と責めていたのだと思う。
お母さん、ごめんなさい。私の心がお母さんに追いついて、やっとわかったよ。抱きしめてくれて、ありがとう。
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