いじわるな星

 宇宙パトロール隊によって、たまたま発見されたジフ惑星についてのニュースは、地球の人びとの関心をよびおこした。通りがかりに観察しただけだが、そう大きな惑星ではないといえ、海があり川があり、山があり谷があり、森や野原もあるようだとの報告だった。

 住民はいないらしいという。なお、ジフ惑星という名は、その星の固有の名ではなく、発見者であるパトロール隊員の名にちなんで、かくのごとくつけられたのだ。
 そんなことはともかく、地球ではみな大喜びだった。人口過剰ぎみの地球にとって、このうえない植民地であり、別荘地である。また、その位置からみて、宇宙へさらに発展するための絶好の中継地ともいえる。価値のある資源にも、富んでいるにちがいない。
 
 かくして、第一次基地建設隊が編成され、彼らの乗った宇宙船が出発していった。ジフ惑星の地理を調べ、簡単な空港を作り、通信塔をたてることなどが任務だった。これからは、多くの人がジフ惑星を訪れることになるはずだ。それに必要な体制を、まず整えなければならないのだ。
 まじめで優秀な隊員たちと資材とをつんだ宇宙船は、虚空の旅をつづけ、やがてジフ惑星へと着陸した。隊員たちは、景色を眺めて歓声をあげた。
「なんという、すばらしい星なのだろう。あたりには美しい花が咲き、そのむこうには、静かな緑の森がある」
「さらに遠くには、青い山々が見える。なによりも気持ちがいいのは、ほかに人影がみあたらないことだ。大ぜいの人でごみごみした地球にくらべると、まったく、天国としか言いようがない」
 みなは口々に、うれしさを話しあった。だが、隊長はさすがに使命を忘れず、命令を下した。
「さあ、さっそく仕事にかかろう。宇宙船につんできた資材を、運び出せ」
「はい……」
 隊員たちは従いかけたが、その場で足をとめ、鼻での呼吸をくりかえした。どこからともなく、いいにおいがただよってきたのだ。それは料理のにおいだった。
「おれの気のせいかな。うまそうな、においがするが……」
「おれの鼻にも、におう。すぐ近くからのようだ」
 みなは仕事にかかるのをやめ、周囲をさがした。においのもとは、すぐみつかった。
 一枚の白い布が、野原にひろげられてある。その上に、いくつもの大きな銀の皿が並んでいた。もちろん、皿だけではない。肉や魚や新鮮な野菜などを使った、豪華な料理が、それに盛られているのだ。
 地球の一流レストランでも、めったにお目にかかれないような高級な料理であり、しかも量が多かった。皿のまわりには、グラスにつがれた酒もあった。これらの料理や酒から、かおりがたちのぼり、みんなの鼻を刺激したのだ。
 しかし、この無人のはずの惑星に、このようなものが存在するとは、どうにも信じられない現象だった。思わず近よりかける隊員たちに、隊長は大声で言った。
「みな、注意しろ。これはただごとではない。警戒心をゆるめるな」
 強い命令だったが、隊員たちにとっては従いにくいことだった。地球を出発して以来、単調きわまる宇宙食ばかりを、あてがわれてきている。宇宙食にはあきあきしていた。もっとも、普通の場合なら、使命感と自制心とによって、それに耐えることはできる。
 しかし、こう実物を目の前に出されては、誘惑に抵抗しがたい。さらに、まわりの美しい景色も、食欲をかきたてる。ついに一人の隊員はがまんしきれなくなり、ふらふらと近づき、手を伸ばした。
 そのとたん、料理の皿も、酒も、すべてが消えてしまった。あとには草があるばかり。においも残っていない。みなは顔をみあわせた。
「幻影だったようだ。宇宙の旅に疲れた、われわれの心がうみだした幻だったのだろう」
「しかし、それにしても、うまそうな料理だったな。おれの目と鼻とには、印象が強く焼きついてしまった。口にはまだ唾液がたまっているし、胃は音をたてている」
 隊長は、また命令を下した。
「さあ、幻覚のことは忘れて、仕事にかかろう。われわれには、任務がある」
 しかし、みながなにかをはじめようとすると、その料理の幻が現れるのだった。各人が分散して、仕事をはじめようとすると、それぞれの隊員のそばに現れる。そして、いかにもうまそうな形とにおいとで、誘惑するのだ。幻影とはわかっていても、つい手を伸ばしてしまう。だが、その瞬間に消えてしまい、苦笑いしてわれにかえると、また現れるのだ。
 それだけのことで、直接の危険があるわけではないのだが、まるで仕事にならなかった。日数がたっても、なれるどころか、いらいらした感情は、ますますひどくなる。
 不眠症になる者もあった。宇宙食がのどを通らなくなり、栄養不良になる者もあった。幻の料理を追って、さまよいつづける者もあった。建設の計画は少しも進まない。
 ついに隊長は、いちおう地球へ戻ることにした。ノイローゼ状態の隊員たちを乗せ、宇宙船は地球に帰還した。
 第一次の隊は、かくのごとく失敗に終った。だが、基地建設の計画を、あきらめるわけにはいかない。といって、べつな隊員を送りこんでも、同様な結果になることだろう。
 
 会議が重ねられ、作戦がねられ、第二次宇宙船が出発していった。これには腕のいい料理人が乗組み、最高級の料理材料や酒がつみこまれた。そのために宇宙船はより大型となったが、やむをえないことだった。なにしろ、ほかに方法がないのだ。隊員たちの心を料理の幻から守り、平静に保つには、それに匹敵する現実の品を作って与えなければならない。
 このような準備のもとに、第二次の宇宙船はジフ惑星に着陸した。まず、着陸祝いもかねて、料理人は腕をふるった。いい酒もつがれ、みな充分に満足した。これならもう、幻が現れても、気を散らされることはない。
 しかし、その時、どこからか美しい歌声がしてきた。心をとかすようなメロディーだった。みながそちらに目をやると、若く美しい女性の姿があった。均整のとれた魅惑的なからだで、それがはっきりとわかるような薄い布の着物をまとっている。目は情熱的で、口もとには微笑があり、歌を口ずさんでいるのだった。
 隊員の一人は、隊長がとめるのもきかず、かけだしていって抱きついた。いや、本人は抱きついたつもりだったのだが、とたんに、その姿は消えうせた。
 これをきっかけとし、美女の幻はいたるところに出現しはじめた。手でふれようとすると、たちまち消え、あきらめるとまた出現する。手におえない幻だった。
 資材を運ぼうとすると現れ、組みたてようとすると現れる。気を散らさないためには、目をつぶらねばならず、目をつぶっては仕事にならない。また、目をつぶっても、耳には歌声がはいってくるし、耳に|栓《せん》をしても、心をそそる体臭がする。
 建設作業は少しも進展せず、またノイローゼ患者が続出した。第一次よりもっとひどかった。隊長は彼らを宇宙船に収容し、地球へとひきかえした。
 第三次の宇宙船は、さらに大型なものとなった。料理人と材料のほか、よりすぐった美女たちが同行したのだ。大変なむだにはちがいないが、それくらいの犠牲を払っても、ジフ惑星には基地を建設する価値がある。
 かくして、万全の準備と自信を持って乗りこんだのだが、着陸と同時に、またも予期しなかった事件が発生した。
 あらたな幻が現れたのだ。宝石の幻、ミンクのコートの幻、美しい服の幻、上等な化粧品の幻などが出現した。男の隊員たちは平気だったが、女性たちとなると、そうはいかない。彼女たちは不平を言い、不満を叫び、泣き声をあげた。
 例によって、幻は手にとろうとすると消え、あきらめると現れる。彼女たちにはさんざん悩まされた。地球へ帰りたいとだだをこね、ヒステリー状態におちいった。男の隊員たちは、それをおさえ、なだめることに専念しなければならず、仕事どころではなかった。
 第三次の宇宙船も、なんらの成果をあげることなく、むなしく地球に戻らねばならなかった。
 
 第何次かの宇宙船は、ものすごく巨大なものとなった。料理や美女はもちろん、あらゆるぜいたく品、遊び道具、なにからなにまで、最高級のものがつみこまれたのだった。スポーツカーもあり、モーターボートもあり映画のフィルムも大量にそろえ、ゴルフ用具からルーレットまで含まれていた。
 これなら、いかなる幻にも対抗できるはずだった。そして、大きな自信のもとに、ジフ惑星へと着陸した。
 もはや、なんの幻も出現しなかった。すべての幻が消えていた。料理の幻も、美女の幻も、宝石の幻もなくなっていた。しかし、それとともに、もっと大きな幻も消えていたのだった。
 海も川も山も、また森も野原も消えていた。わずかの水も流れていず、花ひとつ咲いていなかった。ただ、灰色っぽい岩ばかりが、単調にひろがっている。だれかがその岩を分析してみたが、有用な鉱物はなにひとつ含まれていなかった。
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