猫の事件14

 一年生のために

 
 
 校庭の桜もつぼみをふくらませ、新入学の季節が近づいて来た。
 子どもたちはピカピカに光ったランドセルを床の間に飾り、指折り数えて入学の日を待っていた。
 町の小学校は三本の国道に囲まれた三角地帯のまんまん中。トラックがひっきりなしに通る騒騒しい新開地にあった。
 一年一組の担任は眼鏡をかけたスズエ先生。まだ大学を出たばかりの若い女教師だ。学生時代はさぞかし成績優秀であったにちがいない。見るからに生まじめそうなタイプである。
 入学式の日を前にしてスズエ先生の心はひどく苛立《いらだ》っていた。
 ——いくらなんでもひどすぎる。こんなことでは、とても満足な授業なんかできっこないわ——
 そう思わずにはいられない。新入生の名簿を見るたびにため息が出る。憤りが胸を突き刺す。
 彼女が大学で習った知識によれば、小学校低学年のクラス編成は�三十人くらいが理想的。多くても四十人が限度�ということではなかったか。
 ああ、それなのに、スズエ先生が受け持つ一年一組は、なんと六十名もの生徒がいるんだ。こんなことでは、とても配慮の行き届いた教室作業ができるはずもない。教育実習では�優�をいただいたけれど、あの時も三十二人のクラスだった。六十人のクラスなんて、本来文明国の学校にはあってはならない存在なのだ。
「校長先生、こんなクラスじゃとてもまともな授業はできません。クラスの人数を減らしてください」
 スズエ先生は唇をとがらせて抗議をしたが、タヌキ顔の校長は、
「急に住宅が増えちまったからねえ。市のほうでも対策を立てているらしいが、なにしろ予算の関係もあって新学期には間に合わなかった。与えられた条件の中で最善の努力をするのが私たち教師の仕事ですな。ま、頑張ってくださいね。いい経験になるでしょう」
 判で押したように同じ答が返って来るばかりだった。
 スズエ先生は夜も眠れない。考えれば考えるほど自信がなくなってしまう。
 ——なんとかもう少し人数の少ないクラス編成ができないものか——
 そのことばかりが頭にこびりついて離れない。
 やがて入学式がやって来て、クラスに集まる顔、顔、顔。騒ぐのやら泣くのやらオシッコをもらすのやら……ああ、とてもやりきれない。
 この日の授業では通学のときの諸注意を与えることになっていた。
 教室の窓から見える国道をダンプカーが猛スピードで走って行く。学校は周囲をすっかり自動車道に囲まれている……。スズエ先生はポンとひざを打って生徒たちに告げた。
 明日からはきっとクラスの人数も少なくなるだろう。
「みなさん。信号は赤のときに渡りましょうね」
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