キャンパスは深夜営業03

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3 尾行の果て

 
 初めから、かなり無理な話ではあったのである。
 いかに小泉和也が天才的ドライバーであったとしても、免許を取って十日にして、こっそりと他の車を尾行しようというのは……。
 ただでさえ、真直ぐ前にしか注意が行かなくて、教習所で散《さん》々《ざん》教官に怒鳴られていたのである。久保山良二が、
「ほら、車線が違ってる!」
 とか、
「おい、見失っちまうよ! もっとスピード出せ!」
「近付き過ぎると、気付かれるよ!」
 ——といった親切な忠告をするのも、免許取り立てのドライバーにとっては、混乱の原因でしかなかった。
「うるさい! 黙ってろ!」
 と和也は、必死の形《ぎよう》相《そう》で前方をただひたすら、にらみつけている。
 しかし、良二の方だって必死である。もちろん愛しの若林知香を乗せた黒いワゴン車がどこへ行くのか知りたい、という意味でも必死だったが、同時に、自分もこの車に乗っているのだから、事故を起こしたら、和也と運命を共にすることになる、という意味でもそうだった。
 だが——やはり、人間、精神力だけでは限界があるのだ。
「あーあ」
 と、良二はため息をついた。「見失っちまったじゃないか」
「そうだな……」
 和也は、じっとハンドルを握りしめたまま、「少し休んでいいか?」
「ああ、どうせ走ってたってしょうがないからな」
 和也が、車を道の端へ寄せた。
 ガタン、ドタン、と音がした。
「お、おい、何だよ、今の?」
「知るか!」
 和也は体中で息をつくと、「くたびれたよ!」
 と一声、座席にへたり込んでしまった。
「呆《あき》れたな」
 と言って、良二は窓から頭を出すと、「ああ、ゴミのバケツを引っくり返したんだ。空《から》みたいだから、構わないや」
「うん……」
「おい、大丈夫か?」
 良二は、和也が、汗びっしょりになっているのを見て、「免許取って、本当に十日もたってんのか?」
 と、訊《き》いていた。
「もちろんだ。ただ——運転するのは三回目だけどな」
「三回目?」
「夜は初めてだから、余計に疲れた……」
 良二は、今さらながら、ゾッとした。
 ——しばらく休むと、和也も大《だい》分《ぶ》元気になっていて、
「どうする? 明日もやるか?」
「やめよう」
 と、良二はあわてて言った。「気付かれてもまずいよ」
 大体、今夜の尾行だって、向うは怪《あや》しいと思っているかもしれない。
「——じゃ、こうしよう」
 と、和也が言った。
「何だ?」
「あのマンションに戻るのさ。今の車、当然いつかはマンションに戻って来るだろう?」
「そりゃまあ……そうだろうな」
「それを見張ってるのさ」
「ふーん」
 良二は肯《うなず》いて、「見張ってて、帰って来たら、どうするんだ?」
「そんなことまで、俺が知るか」
 と、和也は肩をすくめた。「『今晩は』とでも言ってやれば?」
 彼女が帰って来るのを待ってたって、あまり意味があるとも思えなかったが、ともかくいつまでもここに車を停めておくわけにはいかなかったし、和也も、「車を運転したい」という気分になっていたので、取りあえず、二人は知香のマンションへと戻ることにしたのだった。
 Uターンするのに、かなり手間取って、他の車にクラクションを鳴らされたりしたが、何とか無事にUターンを終え、二人の車は、知香のマンションへ戻って行った。
 途中、道に迷って、その責任をなじり合いながら、何とか辿《たど》り着いた、知香のマンションの裏手。
「——やれやれ」
 と、和也は息をついて、「大分上達したな、俺《おれ》の運転も」
 自分で言ってりゃ世話はない。
「ここでぼんやり待つか」
「そうだな。——でも、良二。彼女が外泊したらどうする?」
「まさか」
 と、良二は首を振って、「必ず、マンションへ帰って来るさ」
「ふーん。じゃ、ここで待つか」
「うん。そうするよ」
 ともかく、彼女が何時ごろ帰って来るか、それだけでも確かめよう、と良二は思った。といって、面と向って、知香を問い詰めるなんてことは、良二にはできない。
 大体、良二は知香にとって、単なる「ボーイフレンド」でしかないのだ。そこまで彼女の生活に干渉する資格はあるまい。
 まあ、いいや……。ともかく、ここで待ってみよう。とりあえず様子を見る、ということで……。
 しかし——良二も和也も、刑事や探偵に向いていないことだけは、はっきりした。
 二人とも車の中で、いつしかグーグー眠りこんでいたのである。
 
「——起きろ!」
 と、体を揺さぶられて、良二は目を覚ました。
「ん? ——ど、どうかしたのか?」
 良二は目をパチクリさせて、「やばい! 講義中か!」
「何を寝ぼけてやがる」
 目の前に——カッとまぶしいほどのライトが、真直ぐ良二の方を向いている。
「まぶしいよ」
 と、文句を言うと、
「そうかい」
 グッと目の前に突き出て来たものを見て、良二は、たちまち完全に目が覚めてしまった。——拳《けん》銃《じゆう》だったのだ!
 そうか。和也と二人で車に……。
 ヒョイと隣を見ると、和也の方は、口を開けて、ガーッと寝息をたてて眠っている。
「友だちってのはいいもんだな」
 と、その男が言った。「親友の命が危ねえってのに、グウグウ眠ってやがる」
「あ、あの——お金なら大して持ってないけど——」
「誰か金を出せといったか?」
「いいえ」
「じゃ、出すことはねえ」
「はあ……」
 ライトを当てられているので、良二には相手がよく見えない。かなり大柄な男らしいが、それも、良二が座っていて、向うは立って車のドアを開け、見下ろしている、という位置関係のせいで、そう見えるのかもしれない。
「代りに質問に答えろ」
「はあ」
「なぜ、俺たちの車を尾《つ》けた?」
「車?」
 そうか。ではこの男、あのワゴン車に乗っていた中年男か。
「ごまかしたってだめだぜ」
 と、その男が言った。「前代未聞、空前絶後の下《へ》手《た》くそな尾行に、俺たちが気付かないほど馬鹿だと思ったのか」
 こんな時ながら、良二は、相手の男の言い方に、ユーモアを感じて、それは言えてる、なんて考えたりした。
「いえ……。ちょっとわけがあって」
「どんなわけだ?」
 と、男が言った。「正直にな。俺は正直な人間ってのが大好きだ」
「僕もです」
「そうか。気が合うな」
「そうですね」
 と、良二は微《ほほ》笑《え》んだりしている。
「じゃ、話してみろ」
 銃口は、あくまで冷ややかに良二をにらんでいる。
「あの……僕は、ただ彼女がどこへ出かけるのか、知りたくて」
「彼女?」
「若林知香って……。僕のガールフレンドなんです。それで、どうも夜中によく出かけてるみたいだから……。気になったんです。どこに行くんだろう、って。それで、つい、尾行してみようかと思って……」
 相手が、しばらく黙っていた。
 こういう場合、沈黙はあまりいい徴候とはいえない。
「あの——でも、もういいんです」
 と、良二が言った。「気にしないことにしましたから。ええ。もう帰ります」
「そうはいかねえ」
 と、その男は言った。「見てたんだな、俺たちの車に乗るところを」
「ええあの——」
「そうか。気の毒だな」
「あの——気の毒って?」
「お前さ」
「僕が?」
「ここで死んでもらうことになる」
 良二は、ポカンとして、
「いや、……でも、僕はどうも若死にするタイプじゃないんですよ。易者さんにみてもらった時も長生きするって言われたし、雑誌の占いとかでもたいてい、八〇歳まで生きるだろうって……」
「間違いってこともあるさ」
「でも——それじゃ、せめて遺《ゆい》言《ごん》を」
「すぐ済《す》むよ。痛かねえから」
「歯医者さんみたいなこと言わないでくれ! 助けて……。僕は無実だ——」
 良二は目をつぶった。
 バアン!
 銃声。——ああ、死ぬんだ、と思った。
 でも、死ぬってこんなにゆっくりしたもんなのか?
 何だか……段段暗くなって……居眠りするみたいで……。
 良二は、やがて完全に意識を失った。
 
 リーン。リーン。
 旧式な電話のベルだ。——もっとモダンなやつに替えたこともあるのだが、これでないと、眠ってる時にかかって来ても、目を覚まさないのだ。
 何てったって、このリーンってのが一番だよ。
 え? ——天国にも電話がひいてあるのか? NTTも凄《すご》いことやってるんだな!
 起き上って、良二は目を開いた。
 いやに雑然として、薄汚ない天国だった。
 いや——天国じゃない! 地獄でもなかった。自分の部屋だ。
「どうなってんだ?」
 と、思わず呟《つぶや》いた。
 確かに銃口が目の前に……。そしてバアン、と——。
「——まさか!」
 夢だったのか? 何もかも。
 ポカンとして、ベッドに起き上っていると、リーン、とまた電話が鳴り出した。
「あ、はいはい。——もしもし」
 と、受話器を取る。
「やっと出たのね!」
 と、女の子の声。「もしもし? ——久保山君、大丈夫?」
「君……知香?」
「そうよ。私の声も忘れちゃったの?」
「いや、憶《おぼ》えてるよ! もちろん」
「ふーん。どうしたのよ、一体。今日休むなんて言ってなかったじゃない。心配しちゃった」
「休む、って?」
「大学よ。——あのね、大丈夫? 大学生なのよ、君は」
「分ってるけど……」
 知香と映画に行って、尾行したのが土曜の夜だ。「今日——日曜日だろ?」
「何を寝ぼけてんのよ。月曜日! 分った? 日曜日、丸一日、眠ってたの?」
「月曜だって?」
「そうよ。熱でも出してんじゃないの?」
 良二には分らなかった。何がどうなってるんだか、さっぱり……。
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