神州天馬侠109

 虎穴る鞍馬の竹童

 
    四
 
 竹童はまた竹童で、才蔵に組みふせられていながら、肚《はら》のなかで、ふとこんなことを思った。
「こいつはおもしろい、いましかけてきたあの綱火《つなび》が、松明《たいまつ》の火からだんだん燃えうつって、もうじきドーンとくるじぶんだ。そうすれば煙硝庫《えんしようぐら》も人穴城《ひとあなじよう》の野武士《のぶし》も、この望楼《ぼうろう》もおいらもこいつも、いっぺんに|けし《ヽヽ》飛んでしまうんだ」
 と、かれはいきなり下から、ぎゅッと才蔵の帯をにぎりしめた。
「あはははは、およばぬ腕だて」
 と、才蔵は力をゆるめて笑いだした。
「笑っていろ、笑っていろ、そして、いまに見ているがいい、この下の煙硝庫《えんしようぐら》が破裂《はれつ》して、やぐらもきさまもおいらも、一しょくたに、木《こ》ッ葉《ぱ》みじんに吹ッ飛ばされるから」
「えッ、煙硝庫が?」
「おお、あのなかへ松明《たいまつ》を、ほうりこんできたんだ。ああいい気味《きみ》、その火を見ながら死ぬのは竹童《ちくどう》の本望《ほんもう》だ、おいらは本望だ」
「いよいよ、よういならん小僧《こぞう》だ」
 さすがの才蔵《さいぞう》も、これにはすこしとうわくした。がいまの一|言《ごん》を聞いて、
「では、もしや汝《なんじ》は、伊那丸《いなまる》のために働いている者ではないか」
 と、問いただした。
「あたりまえさ、伊那丸さまをおいて、だれのためにこんなあぶない真似《まね》をするものか、おいらもお師匠《ししよう》さまも、みんなあのお方《かた》を世にだしたいために働いているんだ」
「おお、さてはそうか」
 と才蔵は飛びのいて、にわかに態度をあらためた。竹童は、手をひかれて起きあがったが、少しあっけにとられていた。
「そうとわかれば、汝を手いたい目にあわすのではなかった。なにをかくそう、拙者《せつしや》はわけがあって、秀吉公《ひでよしこう》の命《めい》をうけ、この裾野《すその》のようすを探索《たんさく》にきた、可児才蔵《かにさいぞう》という者だ」
「おじさん、おじさん、そんなことをいってると、ほんとうに鉄砲薬《てつぽうぐすり》の山が、ドカーンとくるぜ、おいらのいったのは、うそじゃないからね」
「では竹童、すこしも早く逃げるがいい」
「えッ、おいらを逃がしてくれるというの」
「おお秀吉公《ひでよしこう》は、伊那丸《いなまる》どのに悪意をもたぬ。あのおん方《かた》に、会ったらつたえてくれい、可児才蔵《かにさいぞう》と申す者が、いずれあらためて、お目にかかり申しますと」
「はい、しょうちしました」
 ないとあきらめた命《いのち》を、思いがけなく拾った竹童は、さすがにうれしいとみえて、こおどりしながら、まえの欄間《らんま》へ足をかけた。
「あぶないぞ、落ちるなよ」
 まえには足をひっ張った才蔵が、こんどは下から助けてくれる。竹童は棟木《むなぎ》の上へ飛びつきながら、
「ありがとう、ありがとう。だが、おじさん——じゃあない可児さま。あなたも早くここを降《お》りて、どこかへ逃げださないと、もうそろそろ煙硝《えんしよう》の山が爆発《ばくはつ》しますよ」
「心得た、では竹童、いまの言伝《ことづて》を忘れてくれるな」
 といいすてて、可児才蔵はバラバラと望楼《ぼうろう》をおりていったようす、いっぽうの竹童も、やっと屋根|瓦《がわら》の上へはいのぼってみると、うれしや、畜生《ちくしよう》ながら霊鷲《れいしゆう》クロにも心あるか、巨人のように翼《つばさ》をやすめてかれのもどるのを待っていた。
「さあ、もう天下はこっちのものだ」
 鷲《わし》の翼にかくれた竹童《ちくどう》のからだは、みるまに、望楼《ぼうろう》の屋根をはなれて、磨墨《するすみ》のような暗天たかく舞いあがった。
 ——と思うと同時に、とつぜん、天地をひっ裂《さ》くばかりな轟音《ごうおん》。
 ここに、時ならぬ噴火口《ふんかこう》ができて、富士の形が一|夜《や》に変るのかと思われるような火の柱が、人穴城《ひとあなじよう》から、宙天《ちゆうてん》をついた。
 ドドドドドドウン!
 二どめの爆音《ばくおん》とともに、ふたつに裂《さ》けた望楼台《ぼうろうだい》は、そのとき、まっ黒な濛煙《もうえん》と、阿鼻叫喚《あびきようかん》をつつんで、大紅蓮《だいぐれん》を噴《ふ》きだした殿堂のうえへぶっ倒れた。
 そして、八万八千の魔形《まぎよう》が、火となり煙となって、舞いおどる焔《ほのお》のそこに、どんな地獄《じごく》が現じられたであろうか。
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