黒田如水39

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 設計二図

 
 去年、北陸攻略の終った後、秀吉は小谷《おだに》の城から、長浜の城に移っていた。
 大湖《びわこ》を抱いて、安土と長浜と、君臣同じ渚《なぎさ》に住むようになったわけである。
「秀吉か。いつ見えた」
「着いたばかりでございます。だいぶ進みましたな、ご工事も」
「長浜はどうだ。住みよいか」
「勿体《もつたい》ないほどでございます」
「母も城へよび迎えたそうだな。そちは見かけによらぬ孝行者だそうだ」
「田舎者ですから、長浜へ移りましてからは、ただもう吃驚《びつくり》しております。さぞ歓《よろこ》ぶかと思いましたが、さほどでもなく、少し迷惑そうな顔して、暮しておりまする。その老母が栽《つく》りました畑の物を少々ばかりお土産《みやげ》に持って参りました」
「畑の物を」
「はい、百姓の母が、百姓を怠《おこた》ると、体がすぐれぬと申しまして、長浜へ移りまして後も、城内の畑を耕し、いろいろな物を栽《つく》っております」
「奇特《きとく》なことだ。ありがたく貰おう。どれ見せい」
「いや、ご普請場《ふしんば》へお渡りとのことに、それは桑実寺のお台所へあずけて参りました。……時に」
 と、あらためて、信長の顔を仰いで、
「ちと、おはなしがございますが……」
「そうか」と、意を酌《く》んで、信長もすぐ、左右の小姓たちへ、
「階下へ行け」
 と、人払いを命じた。
「——筑前。何か」
「中国の黒田官兵衛のことに就いてですが」
「ム。あれか」
「困っておるようです」
「何といたして?」
「毛利家の圧迫、四隣の策謀《さくぼう》、まったく孤立無援《こりつむえん》のかたちに在《あ》るようでして」
「当初からの覚悟であろうが」
「もとよりです。——が、織田軍の西下を以て、一挙に大勢を決すべく、画策《かくさく》していたものが、毛利家より機先を制され、かえって、播州を固めさせ、敵に防御《ぼうぎよ》のいとまを与えたことは、何としても残念であると、書状を以て、またまた、申して参りました」
「軍勢の催促《さいそく》か」
「その中で、よく頑張っているのには、感服いたします。この二月頃に一度、五月下旬にも再度毛利家の水軍が、姫路を衝《つ》いて、一挙に、腹中の異端を、取除こうと試みましたが、両度まで黒田父子の善戦で、首尾よく撃退しておりまする。これは先にもご報告申しあげて、わが君からも、ご感状を下された通りですが」
「今はいよいよ支えきれぬというて来たのか」
「負け惜しみのつよいあの男のことですから、左様には申しませんが、一刻もはやく中国へ軍勢のご派遣《はけん》なくば、遂に、毛利の威圧と策謀の下に、播州一円は、不落の態勢を成してしまうでありましょうと……」
「はははは……」と信長は笑い出して、
「悲鳴《ひめい》をあげて来たな、彼も遂に」
「いや、無理もありません」
 秀吉は飽《あ》くまで彼等父子の立場を庇《かば》った。
「——ご当家から観ても、あの一石《いつせき》は、中国全土、敵ならぬはない中の、ただ一つのお味方でしょう。死なしてはなりますまい」
「——が、官兵衛父子を救うために、わが大軍を出すことはできない。中国のことは、安土を築《きず》くようなわけには参らん」
「お旨はわかります。故に、私からはその都度《つど》、懇《ねんご》ろに返書を与え、近畿《きんき》の情勢、まだその時でない。遠からぬうちに、時節が参ろう、もう少し待て、頑張っておれと、慰撫《いぶ》に努めておりますが、願わくば我君よりも、一度おことばを下し置かれれば、彼等父子も一層誠忠をふるって、ご西下の日をお待ちするであろうと存ぜられますが」
「それも思わぬではないが、何せい、黒田父子は、小寺政職《まさもと》の臣。小寺家そのものの内部にすら、なお彼に服さず、ひそかに毛利家へ心を寄せている者もあると聞き及ぶ。旁《かたがた》、心はゆるし難い。——余の誓書が参るよりも先に、小寺家より当家へ質子《ちし》を送るべきではないか」
「そうです。御諚《ごじよう》至極ごもっともに存じます。早速、質子を入れよとのご一書を、お遣《つか》わし下されば、必ず送って参りましょう」
「寺へ来い。そちの母が栽《つく》ったという野菜など煮させて、一献《いつこん》酌みながら、なお熟議《じゆくぎ》しよう」
 信長は床几を離れて、まだ漆《うるし》の香のする欄階を先に降りて行った。
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