贋食物誌93

     93 鶏(にわとり)㈰

 
 
 魚もマズくなったが、鳥獣の肉のほうもとくに鶏がひどい。ブロイラーというのは、ニワトリとは別種の食品といってよい。
 昔は、ニワトリの脂身の多いところの肉と長目に切ったネギの二種類を鉄鍋で炒《いた》めて塩だけで味をつけて食べるのが好きだったが、いまそんなことをしたら一日中気分が悪くなってしまう。その肉は合成食品のような感じで、特異な臭いが我慢できない。地面を走りまわって、コッコッコッと鳴きながら餌《えさ》をついばんでよく運動しているニワトリでないといけない。
 先日、久しぶりに青島幸男が訪ねてきたので、私は言った。
「おれは、機嫌がわるい」
「なぜか」
 と、彼がたずねるので、
「税金を取られたばかりだからだ。税金を払うのは仕方がないが、政治家の税金と差がありすぎる」
 口八丁手八丁のアオシマも困っている。
「オゴレ」
 といって、鮨屋へ行った。
「このごろでは、カンパチやシマアジまで、養殖しはじめたんだってなあ。この店のは、違うだろうけど」
「ブロイラーというのはヒドイですな、あのトリはぜんぜん飛べないんですよ」
 と、アオシマが話してくれた。
 十年近く前、彼が自前で映画をつくったことがある。そのクライマックスのシーンに、トラクターが鶏小屋にぶつかり、たくさんのニワトリがバタバタ羽ばたいて飛び上るところを予定していた。
 もともとニワトリは空高く飛べはしないが、そこがかえってよいという狙いである。
 鶏舎の持主に金を払って話をつけ、カメラをまわして、トラクターをぶつけたが、ブロイラーたちは羽ばたきもしない。
 ためしに、一羽つかまえて空に投げ上げてみたが、翼をしっかり体につけたまま直立不動で抛物線《ほうぶつせん》を描いて地面に落ちる。予算の関係でいまさら新しく段取りもつけられないので、スタッフ一同ブロイラーを掴んでポンポン空へ投げ上げて、そこを撮影した。したがって、そのシーンをよく見ると、ニワトリがみんな丸焼きの形で飛び上っていることになった。
 その後、鶏舎の持主から、賠償金を払えという申入れがあった。事情を聞いてみると、そういう撮影のときのショックでニワトリがタマゴを産まなくなってしまった、という。
 ソバ屋で酒を飲むのを私は好んでいて、ソバ掻きで一パイなど悪くない。
 味がよいことで名が通っている店にときどき行くのだが、トリの南蛮だけは一度註文して閉口した。ドンブリから立昇る湯気と汁に厭な臭いが入りこんでいる。
 過敏になっているのかと考えているうち、となりのテーブルの頑丈な体格の青年が同じものを半分以上食べ残して帰ってしまった。
 先日も、評判のラーメンの店を教えられて行ってみると、カウンター式で肩と肩が触れ合うほどの混雑である。
「ここのラーメンを食べてしまうと、ほかの店のがくえなくなってなあ」
 という声が、近くから聞えてくる。
 たしかに、麺はうまいし、汁もレンゲですくって飲むと異状はないのだが、ドンブリ全体からかすかに特有の臭いが漂っ
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