まぼろしの星(10)

みどり色のネズミ

 
 飛びつづける宇宙船ガンマ九号のなかでノブオは退屈していた。することがないので、窓の外を望遠鏡でのぞいていたが、そのうちミキ隊員に話しかけた。
「ねえ、あの星におりてみましょうよ。おだやかな星のようですよ。たまには広いところをかけまわらないと、運動不足になってしまいます」
「寄ってみてもいいわね。でも安全かどうか、よくたしかめてからよ」
 そして、その星の上空から、くわしく地上をながめた。海があり陸があり、川がある。草花も咲いていた。
「大丈夫みたいですよ」
 と、ノブオが言い、ガンマ九号はゆっくりと着陸した。ミキ隊員は大気を調べる。いままで多くの星で、いろいろと危険な目に会ってきた。だから特に注意するのだ。
「空気中に有害なものはないわ。ここは珍しく安全で、のんびりした星のようね」
 ふたりはペロを連れて外へ出た。ひさしぶりにふむ地面は、いい気持ちだ。ペロが変な声でほえたが、ノブオは飛びはねながら言った。
「心配することはないんだよ。上から見たところではなにもなかったし、空気はきれいなんだ。ここで運動して元気をつけよう。さあ、むこうの山の上まで、かけっこしよう」
 みなが歌を歌いながら山の中腹まできたとき、ペロがまた、おびえたようにほえはじめた。
 ノブオはなにか気になって、うしろを振りむき、目を丸くして大声をあげた。
「あ、大変だ……」
 みどり色をしたネズミのような小さい動物が、むれをなしてこっちへやってくるのだ。あたりの草が、ざわざわと音をたてる。
「気持ちが悪いわねえ」
 ミキ隊員は、持っていた水筒を投げつけてみた。すると、みどりのネズミはするどい歯でかみつき、たちまちのうちに金属の水筒をぼろぼろにしてしまった。
 ふたりは青くなった。ペロもふるえている。ノブオは言った。
「早くガンマ九号に戻らなければ……」
 しかし、戻るには、このネズミの大群を越えなければならないのだ。ミキ隊員は首を振って言う。
「こんなにたくさんいては、とてもむりよ。途中でかみつかれ、宇宙服に穴をあけられてしまうわ」
 宇宙服には手のひらなど、弱い部分もあるのだ。そんなところをやぶられ、ネズミになかに入ってこられたらと思うと、ぞっとする。ノブオは見まわして言った。
「ほら、この山のもう少し上に、ほら穴があります。あそこに逃げこみましょう」
 みなはそこへむかってかけた。ネズミに似た動物は、それほど足は早くない。しかし、数えきれないほどの数で、あとから、あとから、じわじわやってくるのだ。みどり色の波のようだ。
 ときどき横のほうからも、ネズミが現われる。それを光線銃でやっつけながら、なんとか穴ヘたどりついた。ほっとひと息つく。
「やれやれ、おだやかな星かと思ったら、こんなひどい目に会ってしまった。みどり色のネズミでは、上空から望遠鏡で見たぐらいでは、わからないはずですね」
 と、ノブオが言うと、ミキ隊員がうなずいた。
「ええ。でも、なぜ着陸したあたりにはいなかったのかしら。宇宙船から離れたところに現われるなんて、運が悪いわ。それともネズミがずるいのかしら」
「宇宙船は、大丈夫でしょうね」
「特殊な金属だから、あれには歯がたたないでしょう。だけど、宇宙船はきずつかなくても、そこまで帰れるかどうかよ」
 そう言われ、ノブオはあらためて不安になった。どうやったらガンマ九号へ戻れるのだろう。
 ネズミのむれが追いついてきた。ノブオは光線銃の引き金を引く。何匹かが倒れ、ネズミたちは進むのをやめた。しかし、逃げてはくれなかった。
 こっちの弱るのをじっと待ち、それから襲ってこようというつもりなのだろう。ミキ隊員はほら穴の奥をながめて言った。
「この穴は行きどまりだわ。穴をくぐってどこかへ行けるかと思ったけど、だめね。でも、奥から変なものが出てくる心配のない点は助かるわ」
 何時間かがたった。ときどき、ネズミが近づいてくる。ペロがほえ、それで、ノブオが気づき、光線銃でうつのだ。穴の外の右側のほうは、ノブオが引き受け、左側のほうのネズミは、ミキ隊員が追いはらう。
 たくさんのネズミが光線銃で焼かれ、いやなにおいがただよっている。だが、そんなことを気にしてはいられない。うたないと、こっちがやられてしまうのだ。しかし、宇宙船へ戻る方法は、どうしても考えつかない。
 そのうち夜になった。二つの明るい月が、つぎつぎにのぼってきたが、ネズミのむれは眠ってもくれない。眠くなったネズミは、ほかのと交代するのだろう。
 おなかがすいてくる。ノブオは心細くなってきた。これが猛獣なら光線銃でやっつけることもできるだろう。だが、たくさんのネズミが相手となると、そうもできないのだ。
 月の光のなかで、ときどき思い出したように進んでくるやつをやっつけ、追いはらう以外にすることはないのだ。
「どうしたらいいんでしょう」
「わからないわ。これでは手のつけようがない……」
 ミキ隊員の声にも力がなかった。ノブオは泣きたくなった。ぼくは、ここで終りなのだろうか。
 地球から遠く離れた名もない星で、宇宙船も故障していないのに、ネズミに食べられてしまうなんて、こんななさけないことはない。さがし求めているお父さんにも、会えないまま……。
 また、何時間かがたつ。ノブオは眠くなってきた。うとうとすると、ネズミが襲ってくる。ぺロがほえ、あわてて目をあけ光線銃で追いかえす。これを何回くりかえしたことだろう。戦う相手はネズミだけでなく、ねむけでもあるのだ。
 しかし、ますます眠くなってくる。眠ってはいけないんだ、眠ったらおしまいなんだとはわかってはいても、どうしようもない。
 ノブオはがまんしきれなくなった。目のとどくところのネズミを光線銃でやっつけたとたん、頭がぼんやりした。にくらしいネズミたちめ、お父さん……。
 そのとき、お父さんの姿が現われた。
 ノブオは眠ったような気分のなかで、その姿に話しかけた。
「あ、お父さんだ。しかし、これは夢にちがいない。そうなんでしょう」
 お父さんの姿が答える。
「その説明より、ネズミのほうがさきだ。そのほら穴のなかを、よくさがしてごらん。どこかに笛があるはずだ……」
「笛ですって……」
 その時、ペロがほえ、ノブオの腕を軽くかんだ。またネズミが近づいてきたのだ。ノブオはわれにかえり、光線銃でうつ。
「あ、いまのは夢だったのか……」
 ノブオが言うと、ミキ隊員が聞いた。
「どうかしたの。笛とか叫んでいたようだけど……」
「いま、お父さんの夢を見たんです。しかし、ふつうの夢とは、どこかちがうようでした。ちょっとネズミのほうをたのみます……」
 ノブオは小型電燈をつけ、穴のなかを調べてみた。するとどうだろう。出っぱった岩の上に、銀色をしたかたい金属製の笛が、いくつかおいてあった。
「あ、あった……」
 ノブオはそれを吹いてみる。あまり感じのいい音ではない。宇宙船の噴射音みたいなものだ。
 しかし、その時、いままで穴の外にがんばっていたネズミのむれが、いっせいに、逃げはじめたのだ。それを見てミキ隊員が言う。
「その音をネズミはきらいなようね。ネズミをおびきよせる笛の話は、むかしの童話にあったけど、それは追いはらう笛っていうわけね。おかげで助かったわ。でも、どこからそれを持ってきたの。なぜ、そんなものが手に入ったの……」
 ノブオは夢のなかで、お父さんに会い、笛をさがすように教えられたことを話した。ミキ隊員は首をかしげた。
「ふしぎねえ。あまりはっきりしすぎていて、ただの偶然とも思えないわ。なにかわけがありそうよ。穴のなかを、もっと調べてみましょう」
 この笛が手に入ったからには、もうあわてることはないのだ。近づいてくるネズミもあるが、笛を吹くと急いで逃げていく。
 あたりをくわしく調べると、岩かと思っていたところが戸のように開き、そこに大きな装置があった。
 それについているダイヤルを、ノブオはいっぱいにまわした。
 それから、お父さんのことに、精神を集中してみた。すると、またもお父さんの姿が、頭のなかに浮かんできた。ノブオは言う。
「おかげで、ネズミたちを追っぱらうことができました。しかし、ここにある装置はなんなのでしょうか。なぜ、お父さんの姿が頭に浮かぶんでしょう」
 お父さんの姿が答えた。
「高度な文明の産物なのだ。しくみはわからないが、考えたことをそのまま、遠くの人に伝えるものらしい。電話やテレビより、はるかに進んだ装置だ。さっき、ノブオがそこで、わたしのことを念じ、ネズミからの助けを求めた。それが装置によって、こっちへ伝えられたのだよ」
「そうだったのですか。では、お父さん、元気なのですね。いま、どこにいらっしゃるんですか」
「ああ、元気だとも、ここの場所は……」
 ノブオの頭のなかに、その星の位置が伝わってきた。ここからそう遠くない場所だ。
 しかし、その送られてくる通信が、やがて乱れはじめた。ノブオは心配して聞く。
「お父さん、どうなさったんですか」
「ここは危険なのだ。おまえは来てはいけない。あぶない……」
 それで、あとはとぎれてしまった。ノブオはミキ隊員に、このふしぎな通信のことを話した。
 この装置を宇宙船に運ぼうとしたが、重いし、いじったら内部が狂いそうなのでやめた。
 ほら穴を出て、ガンマ九号にむかう。途中は笛のおかげで、ネズミたちも近よってこなかった。
 ノブオは言う。
「着陸した時、まわりにネズミのいなかったわけがわかりましたよ。噴射音のような音を、ここのネズミがきらいなんですね」
 ふたりはガンマ九号を出発させる。お父さんのいる星をめざすのだ。
 危険だから来てはいけないと注意されたが、そのまま帰るわけにはいかないのだ。お父さんを助け、なぞをとかなければならないのだ。
 
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