今日からマ王1-7

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 晴天がにわかにかき曇《くも》り、中庭の上空だけに黒雲が広がった。石畳《いしだたみ》に叩《たた》きつけられる息もできない豪雨《ごうう》。辛《かろ》うじて開いた眼《め》に映ったのは、ヴォルフラムを見据《みす》えるユーリだった。
「……陛下?」
 ギュンターがおずおずと声をかけるが、そちらを振り向く素振《そぶ》りもない。
 口調どころか、声まで別人のようだ。
「己れの敗北を受け入れず、規則を無視した暴走|行為《こうい》。果てには罪もない少女を巻き込み、それでも貪欲《どんよく》に勝利を欲する」
「な、なにを役者口調で言っているんだ?」
「それが真の決闘《けっとう》だというのか!? だとしたらそのような輩《やから》を、野放しにしておくわけにはゆかぬ! 血を流すことが目的ではないが、やむをえぬ、おぬしを斬《き》るッ」
「なに!?」
 斬るとか言っておきながら、ユーリの武器は剣ではなかった。
「成敗《せいばい》ッ!」
 ヴォルフラムが使った火獣のように、彼の指先にも術が現われる。叩きつける雨と同じウォーターブルーの、二|匹《ひき》の牙《きば》のある蛇《へび》だった。
「なんというか、こう、あまり王らしくない術形態だな」
「そんなことより、陛下はいつ水の要素と盟約を結ばれたんです? それに命文の一言も口にせず、粒子を操るのは至難の業。なにひとつお教えしていないのに、どうして陛下はそのようなことを……」
 それぞれ勝手な感想を述べるユーリ派の二人に聞こえないように、グウェンダルは小さく呟《つぶや》いた。
「なるほど、魂は本物、ということか」
 半|透明《とうめい》なきらめく蛇の横腹には、うっすらと漢字で『正義』と書かれている。場違《ばちが》いだ。宙をくねった二匹は過たず、獲物の魔族に絡《から》みつく。ヴォルフラムはらしくない悲鳴を上げ、そいつらを振りほどこうと抵抗《ていこう》した。指先では彼の命によって幾度《いくど》も炎が生まれるのだが、そのたびに豪雨が叩き消す。これは炎の術者よりも水の術者に分がある証拠《しょうこ》だ。主人の格と実力によって、具現した要素の勝敗は決まる。
「はなせっ、このっ! いったいどうして、こんなに急に……。貴様、本当は何者だ!?」
「何者だと? 余《よ》の顔を見忘れたか」
 すっかり時代劇モードだ。
「罪もない娘の命を奪《うば》ったおぬしの身勝手さ、断じて許すわけにはゆかぬ」
「ぐ……っ」
 いよいよ蛇(正義一号二号)がヴォルフラムを成敗しようと締《し》めつけたとき、兵の一人が嬉《うれ》しげに叫んだ。
「おーい! 気がついたぞ、命に別状はないようだ」
 少女が男の腕の中で、意識を取り戻して目を開いた。小さくうめいて顔に手をやる。
「……あたし……どうして……」
 ユーリもヴォルフラムもそれを見た。ヴォルフラム自身は弁解する気もなかった。殺すなら殺せ、こんなちょっと外見がいいだけのガキに首をとられるのは屈辱的《くつじょくてき》だったが、跪いて命乞いをするよりは、武人らしく死を迎《むか》えるほうがずっと潔い。
 だが首にまで絡みついていた水蛇は、急激な蒸発によって姿を消した。力が抜けて、座り込む。爛々《らんらん》とした眼の輝《かがや》きまでもが常人でないユーリが、ヴォルフラムを指差して言い放った。
「ヴォルフラムとやら、以後よくよく改心いたせ! お上《かみ》にも情けはある」
「な……ナサケ?」
 自称・お上は、派手な飛沫《しぶき》をあげて、泥水《どろみず》の中にぶったおれた。
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