上杉謙信47

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 遠けむり

 
すめろぎの 天の日嗣《ひつぎ》と
嗣ぎてくる 君の御代御代
隠さはぬ 明き心を
すべらべに 極めつくして
仕へくる いや継ぎ継ぎに
見る人の 語りつぎてて
聞く人の 鑑《かがみ》にせむを
あたらしき 清きその名ぞ
おほろかに 心思ひて
むな言も 祖《おや》の名断つな
大伴《おほとも》の氏と名に負へる ますらをの伴《とも》
 まだ九月九日、重陽の宵である。謙信の多感はなお微酔《びすい》をのこしているのか、夕餉《ゆうげ》の後、ひとり唐琴を膝に乗せて、指に七絃を弾じ、微吟《びぎん》に万葉の古歌をうたっていた。
 大伴家持《やかもち》が、一族の子弟に与えるため作ったものという「族《やから》に喩《ゆ》す歌」だった。
 篝火の松薪が、パチパチと、小雨にはぜる。
 濡れるほどではない。木の葉交じりに、ばらばらと降りこぼれては、その雨雲のあいだから重陽の夜の月は白々《しらじら》とここの山河を照らしていた。
「雁《かり》の声だな」
 ふと、眉をあげる。
 謙信の顔に、月が白かった。
 幕《とばり》の裾に遠くひかえていた老近侍と若ざむらいが、共に顔をあげた。主君の唇がむすばれ、琴がやんだからである。
「はて? ……。誰だ」
 謙信はふと、本陣の上にある大きな樹木のうえに、人影がひとつ、鴉《からす》のように止まっているのを見つけて、凝視し出した。
 が。すぐそれは味方の物見が、昼夜交代で、海津の城を不断に見張っている——その役目の者と気づいたらしく、
「あの男を呼び下ろして来い」
 と、命じた。
 心得て、近侍のひとりが、すぐ馳け出して、間もなく樹上の物見の男をつれて来た。謙信自身が、親しく召寄せて訊くなどということは、あいだに無いことなので、男は何か落度でも咎《とが》められることかと、畏怖《いふ》している容子であった。
「こよいのような晩でも、海津の城は望めるかの」
 謙信の質問は平易なことでありその声はやさしかった。
 物見はやっと安心したように答えた。
「月のある間はおぼろながら見えますが、月が隠れると殆ど何も見えません」
「それはそうだろうな」と笑って、
「間断なく、樹上におるのも大儀だの。こよいは海津の方面に、何の変ったこともないか」
「はい、何も異状はございません」
「そうか。千曲川の河原の方にも」
「先程、城の西口から河原の低いほうへかけて、いつにない煙がたちこめて見えました。初めは、夜霧かと思いましたら」
「——煙が?」
「左様でございまする」
「今もか。……今もまだ、煙が見えるか」
「まだ、薄々と、立ちのぼっておりまする。てまえ、考えまするに、夜食の炊事の煙とぞんじます。かような雨雲の晩なので、常のようにのぼらず、城壁から低く低く立ちこめますので、初めはちょっと怪しみましたが……」
「よしっ。去れ!」
 それは一喝の声に近い。何ものに衝《う》たれたのか、唐琴も膝から落ちるにまかせ、謙信は、途端にぬっと身を起して、物もいわず、陣幕の外へ大股に出て行った。
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